朝起きると、僕はまず大きく伸びをする。
ガチガチに固まった体の筋肉を、まずは強制的に伸ばしてみる。20代の頃はまだ柔軟性を保っていた筋肉も、デスクワークの毎日を10年も続けると、まるでタイヤのゴムのように固くなってしまう。
またいつもと同じ日常が始まる。その事実に細胞が敏感に反応し、拒否反応で瞬時に鈍感になった神経が覚せいを妨げる。正直飽き飽きしている毎日だが、それでも生きていかないといけない毎日だ。
だいぶ前に買ったガラス製のコップに水道水を注ぎ、口に含む。えぐ味のあるカルキの味が舌を刺激して僕の意識を現実の世界へ引き戻し、少し目を覚ます。
歩いて数歩のトイレに行き、昨日頑張った細胞を流し出してしまう。さようなら、昨日。僕は今日、新しい1日を歩き出す。
そんなキザなセリフを心の中でつぶやき、使い古した古いフライパンに卵を割って落とし込む。鉄で出来たフライパンは、人体に必要な鉄分が食品に溶け込むので体にいいって誰かが言っていたが、それが本当なのかどうかは僕には分からない。
ガスコンロに火を入れると、卵の白身がぶくぶくと泡立ち始める。僕はその様子をじっと見つめる。日常の中にごくわずかに残された自由時間。僕はその時間、色々なことを考える。
まだ起きたばっかりで頭の中が整理されていないのだが、透明な白身が少しづつ固まり白いタンパク質となっていくことと、ゼネラルエレクトリックがダウ平均から除外されたことについて思考を整理してみる。
古いものが姿を消すということは非常に悲しいことだ。ずっと自転車置き場に放置されていた自転車、間違って捨ててしまった古い日記、もう電源の入らないガラケーに残された誰かからのEメール。
それら全ては僕たちの、いや、少なくとも僕のニューロンを刺激し、それらが一体どういう意味を持っていて、誰がそれを残したのかを思い出そうとさせる。だけど、結局思い出すことは出来ず、腹の奥のあたりにツーンとした懐かしさのこだまのようなものを響かせるだけだ。
その響きが遠くまで反響し、フライパンの上のたまごの白身が真っ白な固形物となって目の前に現れる。大丈夫、まだ黄身の部分は薄いゼラチン質の膜のようなものに包まれており、その膜が液体質の黄身を現実の世界へ解き放つのをギリギリの危うさで防いでいる。
この世に生きている誰もが、この黄身のようにギリギリの危うさで何とか生命を保ち生きている。そんなことを考えながら、出来上がった半熟の目玉焼きをトーストしていない白い食パンに挟む。
異変を感じたのはその時だった。いつもは自分が指に力を入れて初めて膜が破れるはずなのに、今日は挟んだ時点で白い食パンに黄身がにじんでいた。挟んだ時点で、すでに膜は膜ではなくなっていたらしい。
目玉焼きを挟んだ食パンを口に頬張ったが、いつものように歯がゼラチンの膜を貫いたような心地よい感触を感じ取ることは出来ない。黄身がしみ込んで湿ったパンが歯に絡みついてくるだけだ。
気分が悪いままスーツに着替え、駅まで歩いていく。途中で、朝いつもすれ違う小学生とすれ違う。母親に口うるさく勉強しろと言われているせいだろうか、毎日浮かない顔をしているが、今日はいつもにも増して顔色が悪い。
大丈夫、君の悩みなど株をやっている僕かしたらミジンコのように微細なものだ。君が隣の席のエリちゃんが好きで、エリちゃんは君ではない誰かが好きだったとしても、それは僕や他の株式投資家が抱えている悲劇ほど深刻な問題ではない。
株とは恐ろしいものだ。そう思いながら革靴でアスファルトを踏みしめ、株を買うための金を稼ぐためにオフィスへと向かう。
オフィスへと向かう電車の中、スマホでゼネラルエレクトリックがダウ平均から除外されるというニュースを見る。
もう100年以上もダウ平均に採用されてきた銘柄が除外されるのだ。朝、ぼんやりとした意識の中でニュースを見たときと、ゼラチン質の膜を飛び出した黄身がようやく体に染み込み始めた今では受ける衝撃の度合が少し違っていた。
むつかしい事はよく分からないが、株式であれ人間関係であれ、永続性のあるものというのは皆無だということはよく理解出来た。数十年前のGEは素晴らしくて、今現在のGEはみすぼらしい。ただ、それだけだ。
時間という概念は非常にあいまいで、1秒が長い時間なのか、1年が短い時間なのか判断しかねるときがある。それは恐らく感じ方の問題で、長いか短いかは僕らの意識自体が決めることなのだ。
ダウ平均を除外されたことで、恐らくGEはさらに売り込まれていくことになる。これを他人事だと考えるのか、自分にも起こりうる悲劇だと考えるのかは個々人の価値観によって違ってくる。
僕自身はというと、GEのヘルスケア部門は相当魅力的だと思うので、少しGEが欲しいと思っている。だけど安易に買うと大やけどをするだろうから、分社化してくれないかと強く思っている。
GEがダウ平均から除外されることが決定したため、世界中の投資家達がGEを売りまくり始めるだろう。もしかしたら、11ドルを割る場面も訪れるかもしれない。
そのとき、もしもパンに染み込んだ黄身が歯に絡みつくような違和感を覚えたら、恐らくそれは買いのサインなのかもしれない。
逆張りは恐ろしい、だけど僕は逆張りが好きだ。だって、日本人なんだもん。そう思う今日この頃。
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