「ねえ、かぶまくらさん、おたくのところは最近どうなの?」
「はあ、お客様たちのおかげで何とかやらせてもらっています」
「いや、そういうことじゃなくってさ、その、色々な手当が無くなってきてるでしょ」
スターバックスではなく、都心に展開するタバコの吸える喫茶店チェーンの店舗で向かい合っているその男は、ヒートスティックを差し込んだアイコスを吸うと、鈍く光っている銀ブチ眼鏡の奥の瞳でおいらをじっと見ながらそう言った。
ー相変わらずいけ好かない野郎だー
どこかエリートを気取っている雰囲気があるその男を、おいらはどうしても好きになれない。しかし、相手は大事な得意先の担当者だ。顔に出すわけにはいかない。
彼は、東証一部に上場している有名企業の社員で、いわゆるエリートといった部類の人間だ。給与も、そこらへんのサラリーマンよりかはずっと貰っているはずだ。
そんな男が、手当が少なくなったなどとセコイことを言ったのが意外だった。
「最近はさ、出張手当や営業手当、それに住宅手当なんかも削られてきててさ、うちの会社もずいぶんとせこくなったもんだよ」
それでも、他の会社に比べればいいご身分でしょうに。
そうは思ったが、得意先の担当者なので、話を合わせてやらなければいけない。
「確かにそうですよね、昔に比べれば色んな手当がなくなって、正直昇給も中々しにくくなってきていると思いますね」
「やっぱり、おたくのところもか。もう、本当に嫌になるよな、税金が増えて実質的な手取りは減るわ、おまけに給料も上がらないわ、しかも手当はなくなっていく。たまったもんじゃないね」
まあ、確かにその通りだ。正直、おいらの会社でも年々色々な手当が無くなっていて、おまけに交際費などの費用もかなり削られてきている。
交際費等の費用が削られるということは、まあ、場合によっては自腹を切らないといけないということだ。
話を聞いていくと、目の前のエリートが属している超一流企業でさえも、社員の待遇というのは以前にくらべて格段に悪くなっているという。
「ボーナスなんかも、最近は個人の成績や評価に連動してかなり差がつくんだよ」
そう、溜息交じりに言ったところを見ると、眼の前のいけ好かないエリートは、もしかしたら社内では落ちこぼれのような立場にあるのかもしれないなと思った。
「厳しいですよね、最近は」
とりあえず、差しさわりの無い答え方をしたときだった。おいらの頭にピンとある考えが浮かんだ。
その日、家に帰ると、おいらはいつものようにPCを開き、昼間に会った男が所属している企業のHPを開いてみた。
そして、カーソルを「投資家の皆様」のところに合わせて、クリックをする。
最近はどこの会社のHPも投資家にとても親切で、過去の決算資料、中期経営計画、それから株主還元の方針なんかを丁寧に掲載してくれている。
彼が所属しているその一流企業を、投資の対象として考えたことはなかったが、調べてみると中々株主還元の意欲が強いように見える。
過去の履歴を調べてみると、年々配当金が増額されており、直近では配当性向をを引き上げるという方針を掲げていた。
「なるほど、これは間違いないな」
おいらは、喫茶店を出る別れ際に彼が言っていた言葉を思い出した。
「結局さ、サラリーマンなんて体のいい奴隷なんだよ。いくら頑張っても待遇はよくならないけど、目の前の生活があるから必死で頑張らないといけない。そして、必死で頑張った結果得するのは役員とか、株主とか偉い人ばっかりだよ」
たしかに、その通りだった。彼の会社は年々配当金の支払いを増額し、そしてさらには今後も配当性向をどんどん引き上げていく方針のようだ。
配当金を株主にたっぷりと支払うだけではなく、自社株買いをすることで、さらに株主に報いようとしているらしい。
ちなみに、配当性向というのは、利益のうちどれだけを株主に配当するのかを割合で示す指標で、高ければ高いほど株主還元意欲が強い企業とされている。
そして、自社株買いを行うということは、株式の総数を減らすということなので、結果として既存の株主は株数の減少により、配当金や株価の上昇の恩恵を受けやすくなる。
どうやら、株主にとって彼の会社は従順な家畜のような存在だったようだ。そして、そこで働く彼は、さらに従順な子羊といったところか。
彼の会社は、従業員の待遇を下げる代わりに、株主への還元を厚くしていたのだ。
いくらエリートとは言っても、所詮はサラリーマン、おいらと同じく株主の奴隷だということに代わりはないようだ。
そう思うと、何となく彼に親近感が湧いてきた。
ところで、おいらの会社はいったいどうなのだろうか?
ふと、そんな疑問が湧いてきた。
得意先の彼が言ったように、最近では日本のサラリーマン社会でも年功序列の昇進制度や昇給制度はすでに崩壊していて、仕事ができない人間は全く給料が上がらないという構造が出来上がってしまっている。
「ゆりかごから墓場まで」どころか、「地獄から地獄へ」、と送り込まれる可能性のある恐ろしい社会なんだよ、日本のサラリーマン社会はね...。
おいらの会社でも、そういった現象が実際に起こっていて、給料は上がらないわ、仕事は休めないわ(昔よりかはマシだが)、おまけにストレスで頭は禿げるわの三重苦に陥る人も珍しくない。
「昭和の頃に戻りたい」
昭和の頃まだ働いていなかった分際で、居酒屋で酒に酔ってボソリとそう言った上司もいた。
そんな年々従業員の待遇が悪くなってきているおいらの会社も、まさか、まさか、株主様への配当金を増額したりなんかしていないよね!?
急に不安になってきたので、恐る恐る自分の会社のHPを開き、IR関係の資料を読み込んでみた。
...。
ー我が社は、株主の皆様に報いるため、配当金を増額させる方針ですー
ー我が社は、株主利益向上のため、配当性向をどんどん引き上げる方針ですー
ー我が社は、積極的に自社株買いを行っておりますー
...。
ひぐああああああああああああああ!!!!
さらに奴隷やったああああああああ!!!!
さてと、如何だったろうか?
おいらや得意先の彼の会社がそうであるように、最近、日本の企業は株主還元を強化するために配当性向をどんどん引き上げる傾向が強くなってきている。
よく、「労働者から解放されるために株を買おう!!株主になろう!!」、といった感じのキャッチフレーズを見かけることがあるが、何となく胡散臭く感じてしまう人もいはずだ。
しかし、ああいったキャッチフレーズはほぼ100%正しいのだ。
いまいちピンとこない方は、自分の会社がもしも上場しているのであれば、一度その会社のIRに目を通してみるといい。
もうね、びっくりするよ?
おそらく、社員の待遇はどんどん悪くなっているにも関わらず、配当金は何年も増額され続けていたり、自社株買いに目ん玉が100mくらい吹っ飛びそうな額の金を使っていることがあるだろう。
それも、創業社長が経営しているようなワンマン企業ではなく、一般の大企業にも最近そういう傾向が本当に強いのだ。
つまり、シンプルに考えると、「株主の待遇はどんどん良くなり、社員の待遇はどんどん悪くなっている」、と言える。
だったら、どう考えても株を買った方がいいに決まっている。
銘柄を選ぶのがしんどければ、せめてETFだけでも買っておけばいい。重要なのは、少額でもいいから投資をして、普段自分と同じような立場のサラリーマンたちが必死で働いて儲けた利益を吸い上げるという構造を完成させていくことだ。
そうしておかないと、最終的には冒頭の写真のような家畜とかして、最後は食肉工場へ送り込まれることとなってしまう。
肉に加工されてしまえば、あとは何もすることが出来ず、株主にムシャムシャ食べられてしまうだけだ。
そして、最後は排泄物として排出され、世間のゴミとしてトイレに流されてしまう。
そんなの嫌だろ?
だったら、少額からでも投資を始めて、肉を食う側に回ればいいだけの話だ。
まあ、あくまで自己責任でという前提付きではあるが。
ところで、経済的に成功した有名人や投資家の顔をよく見てみるといい。彼らは大体の場合顔がテカテカしていて血色がいいだろう?
なぜだか教えてやろうか...。
それは、君やおいらのような、無知で肥えた家畜の肉を毎日食べてるからなんだよ。
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