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【小説】配当金で過ごす投資家の夏・超高硬度のペルソナについて-VOL12

忘れら去られた彼女

東京から新幹線に乗り、在来線を乗り継ぎ、僕は、ようやく自分の故郷である町へと辿り着いた。

昔は粗末なコンクリート製の小屋みたいだった駅は、長期間の工事を経て近代的な二階建ての構造に生まれ変わっていたが、外に出ると相変わらず何も変わっていなくて、駅のロータリーに止まっているタクシーの中で、運転手が暇そうにタバコを吸い、あくびをしていた。

東京に住んでいると気がつかないが、日本の地方はほとんどの場所で衰退が加速していて、タクシーの運転手たちが運ぶべき客を待つ時間も、どんどん長くなっている。

「すいません、乗せてもらっていいですか?」

「あ、ええ...大丈夫ですよ」

僕がそう言うと、かなり年老いた運転手が驚いたようにそう言った。

時刻はすでに夕暮れ刻で、空を見上げると、群青色の雲の間でオレンジ色の夕陽が眩しく地上を照らしている。

肺を収縮させて空気を吸い込むと、海水の表面を撫でてここまで吹いてきた風が運んできた、潮の匂いを微かに感じる。

僕は、歩いて海まで行ける町で生まれたことを、随分と長いあいだ、忘れていた。

「どこまで行きましょうか?」

迷うことなくタバコのフィルターを窓の外に投げ捨てた運転手が、僕にそう聞いた。

地面に叩きつけられたタバコのフィルターを見つめると、まだチリチリと灰が燃えているのが確認出来た。

僕は、あの赤い鳥居の向こうにある不気味な神社で愛理に初めて会ったとき、彼女が吸い終わったタバコのフィルターを地面に叩きつけていたのを思い出した。

「あんた、帰ってくるんだったら電話くらいしなさいよ」

タクシーで自宅に到着してインターフォンを鳴らすと、出てきた母親が驚いてそう言った。そういえば、帰る前に電話をしていなかったのを思い出した。

苦いインスタントコーヒーを飲みながら母親に一通り近況を報告した後、僕は二階の自分の部屋へ入り、ベッドに寝転がった。

天井を見ると、昔ロックバンドのポスターを張ってあった個所に、画びょうで明けた小さな穴がある。

その小さな穴を見つめながら、僕はスマートフォンを手に取った。

「なんだお前、久しぶりだな」

数回着信音が鳴ったあと、電話の向こうで、幼馴染の洋平がそう言った。少し枯れたような声は、小さい頃から変わらない洋平の特徴の一つだった。

「ああ、いま、こっちに帰ってきてるんだ」

「相変わらず急だな、前もって連絡してこいよ」

「明日、昼間にでもちょっと会えないか?」

「おお、別にいいけど」

洋平と会うのは、数年前、彼の結婚式に出席した時以来になる。すでに彼は子供も出来ているので休日は忙しいだろうから急に呼び出すのは気が引けたが、どうしても確認したいことがあったので、彼の家の近くの公園に少しだけ来てもらうことにした。

電話を切ると、僕は、部屋に置いてある小学校の卒業アルバムを取り出して開き、小学校2年生だった頃のクラスの集合写真を確認した。

「いないな...」

僕の記憶と、アルバムの写真が整合しない。

ここ数日、僕の記憶はPCがバグを起こしたような混乱に陥っていて、すでに脳から消去されていた記憶が次々と鮮明な画像と共に蘇り、そしてまた消去されたりを繰り返している。

そのバグの中で繰り返し脳内に表示される映像の中に、瞬間的に映し出される一人の少女がいた。

僕は、卒業アルバムを開いて、その少女を探すのだが、彼女はどこにもいない。

「母さんさ、あの子のこと覚えてるか?」

リビングでコーヒーを飲みながらテレビを見ていた母親に聞いてみても、

「あんた、誰のこと言ってるの?」

小学生の頃家の近くに引っ越してきたその少女のことを、母は覚えていない。

「仕事のしすぎで、少し疲れてるんじゃないの?」

少し心配するような声で、母親は僕にそう言った。

超高硬度のペルソナについて

「久しぶりだな」

公園の樹にしがみついてるツクツクボウシが胸の膜を規則的に振動させる音と、緩やかに吹く風が、夏の日差しを微かに和らげている。

住宅地の公園に設置された茶色い木のベンチに、僕と洋平は昔と同じように座っている。

自販機で買ってきたブラックコーヒーを洋平に差し出すと、洋平は缶の蓋を開けて、ゴクリと一口で中身の半分くらいを飲み干した。

「最近さ、俺、独立したんだ」

「独立?」

「ああ、会社辞めて、自分で事業やってるんだよ」

洋平は、最近自動車整備工場を展開する会社を退職して、自分で小さな整備工場と中古車販売業を始めたらしい。

「そんなこと聞いてなかったけどな」

「だって、お前、全然連絡してこないし、会うのも俺の結婚式以来だろ」

確かにそうだ、彼は、僕と会わない間に自分のストーリーを随分と進めていたらしい。

「子供も出来たし、もう会社の給料だけじゃ厳しいから、思い切って独立したんだよ」

洋平の手は、自動車の部品を円滑に稼働させる為のオイルで指先が黒くなり、象の皮のように固くなっていて、鋭利な針で突いても貫通しなさそうだった。

小学生の頃は、一緒にこの公園で毎日のように虫を探したり、ブランコを漕いでいたりしたのだが、大人になってからベンチで語り合う彼は、昔の彼よりもずっと落ち着いていて、全く別の人物のように見えた。

「お前、変わったな」

僕は、洋平の手から顔に視線を移し、そう言った。

「そうか?」

「変わったよ、だって、お前いつもバイトだってすぐに辞めてただろ、なのに会社にきちんと長年勤めて、さらに独立しただなんて、やっぱり、お前変わったよ」

僕がそう言うと、洋平はツナギの胸ポケットからタバコの箱を取り出し、親指と人差し指で一本を素早く取り出し、凸凹にへこんだジッポーのライターで火を付けた。

「これもさ、もう嫁からやめろって言われてるんだけどな」

そう言って笑った洋平の目尻の皺が収縮し、彼も僕も年をとったのだということに気が付いた。

「俺もさ、本当は昔みたいに何も考えずにやりたいんだけど、そうもいかないよな。お前さ、ペルソナって言葉知ってるか?」

「ペルソナ?」

「ああ、ユングって有名な心理学者が言った言葉で、人間の外側、つまりはその人が被っている仮面みたいな人格を指す言葉のことなんだけどさ」

「お前、心理学の本なんか読むのか?」

「たまにな、仕事なんかで悩んだ時に読んだりするんだよ。でさ、そのペルソナってのは仮想の人物、っていう意味もかねているんだ。俺は、多分なんだけど、昔と違って嫁や子供を食わしていかなければならない、社会的にもきちんと自分の立ち位置を確保しないといけないっていうプレッシャーから、自分ではない仮想の自分、みたいな人格を作り上げていて、それが現実の自分になりかけてるんだよ、多分」

「仮想の自分ね」

「ああ、だからさ、お前と子供の頃や学生時代にこの公園で一緒に遊んだり、タバコ吸ってた頃とは別の俺に見えるんだと思うよ。ただ、本当の俺自身は全く変わってないんだけどな。まあ、ペルソナだよ、ペルソナ」

「ペルソナ、ね」

洋平が、僕にタバコの箱を差し出した。

僕は、差し出された箱の中から一本を親指と人差し指でつまんで取り出し、洋平から差し出されたジッポーのライターで火をつけ、フィルターを通過したニコチンを肺に吸い込んだ。

随分と長い間、タバコを吸っていなかったので、血管の収縮で意識が少し遠くなった。

「お前さ...」

ぼうっとする頭で、僕は言った。

「あの子のこと覚えてるか?」

「あの子?」

「小学生のころ、転校してきたあの子のことだよ、お前も一緒によく遊んだだろ?」

「...?」

「ほら、お前も一緒によく遊んでたあの子のことだよ」

「誰のことだよ...名前は?」

「名前?」

名前?

彼女の名前は?

思い出せない。

彼女の名前は、一体、何だったけ?

ペルソナ?

もしかして、とっても長い期間をかけて出来上がった、僕の表面をコーティングしている、超高硬度のペルソナが、脳内に保存されている記憶が内面の柔らかな殻を破って表面化するのをブロックしている?

洋平の口から吐き出されたタバコの煙が空気に溶け込み、公園の樹にしがみついているツクツクボウシが、規則的に胸の膜を鳴らし続けている。

僕の表面は、一体いつから、超高硬度のペルソナにコーティングされてしまったんだ?

あの夏に見たダークマターを探す

朝起きて、ヨーグルトとバナナで朝食を済ませると、僕は家を出た。

「どこに行くのよ、あんた」

「ちょっと、散歩してくるわ」

母親にそう言って家を出ると、ポケットから取り出したスマートフォンを取り出し、グーグルマップを表示させる。

先週、会社のオフィスで突然ノートPCに表示された地点がスマホの画面に表示されている。

何故か、あの時から、僕のスマートフォンに表示されるグーグルマップは、この地点を表示している。

僕は、スマホをポケットにしまい、あの声の主に指示された地点を目指して歩く。

昔、毎日のように見ていたが、最近はずっと見ていなかった景色が目の前に広がっていく。

工業団地、ガードレールの根本に咲いた鮮やかなイエローのタンポポの花、少し傾いたままの電柱。

それらを視界に捉えると、僕の視神経は過去の記憶を刺激し、超高硬度のペルソナにブロックされていた記憶が蘇ってくる。

「誰のことだよ...名前は?」

洋平、どうしてお前は、あの子のことを忘れてしまったんだ?

そして僕は、どうしてあの子のことを思い出してしまったんだ?

頭の中で繰り返し反復される疑問が、僕の脳内でシナプスの結合を加速させる。

彼女は、確かにいた。

だけど、いったいなぜ、僕は長い間彼女のことを忘れていたんだ?

そしてなぜ、あの声の主は、あの場所のことを知っているんだ?

そして、一体なぜ、僕は、いま、あの場所へ向かっているんだ?

頭の中で繰り返し表示されるクエスチョンマークが、僕を混乱させていた。

僕は、あの夏に見たダークマターを、いま、随分と時間が経過してしまった今、再び探そうとしている。

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