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【小説】配当金で過ごす投資家の夏・深田恭子似と白猫と緑色を求めて旅に出る‐VOL3

これまでのあらすじ

・VOL1

・VOL2

★  ★  ★

「ねえ、見て、ミミズが出てきたわ」

女の子が指さす先には、ウネウネと動くクリーム色のミミズが蠢いていた。

僕は、春を迎える前に死んでしまった黒猫の墓を掘るために、鉄製のスコップで土を掘っていた。

墓を作るために穴を掘るというのは結構大変な作業で、土は一見柔らかそうに見えるが、地中には小石や大きな石、それから赤茶色の掘りにくい層なんかが混じり合っていて、深く穴を掘ることは中々骨が折れた。

僕が掘り出した土の中には、硬くて小さな殻を持った小さな虫や、クリーム色のミミズ等が含まれていて、今から埋める魂の抜けた黒猫の死骸とは対照的に、生命感に満ち溢れていた。

よく見ると、女の子が指さしたミミズはスコップの先が当たったのだろうか、体が真ん中付近で切断されていて、体と同じ色をしたクリーム色の液体がそこから流れていた。

「まだ生きてるわね」

女の子は、体が切断されてもウネウネと体を動かしているミミズを見て、そう言った。

「もうすぐ死んじゃうよ」

僕は墓を作るための穴を掘りながら、そう答えた。

「たぶん、死なないんじゃないかしら」

「どうしてそう思うの?」

「だって、まだ動いてるから」

「今は動いているけど、そのうち動かなくなるさ」

「そうかしら。動いているうちは、生きてるってことだし、もしかしたら体がそのうち元通りに戻るかもしれないわよ」

「そうかな」

僕は、もう一度ミミズの方に視線を戻してみた。ミミズは、確かにまだ動いていた。彼女が言う通り、何となく体が再生しそうな雰囲気が漂っていた。

ミミズは、ウネウネと動きながら、地を這うようにして地面を進んでいった。途中で、黒猫の死骸の側に咲いていた背の低いタンポポにぶつかり、ミミズから流れるクリーム色の液体がザラザラになった黒猫の毛に付着した。

ミミズは、さらに体をうねらせ、黒猫の死骸の側を通り過ぎ、ひたすら地面を進んでどこかへと向かっていた。

「この猫も生き返ればいいのにね」

女の子は、モップのような手触りになってしまった黒猫の死骸を撫でながら、そう言った。

★   ★   ★

目を覚ますと、一瞬、ここがどこなのか分からなかった。

右腕に重量感を感じたので、隣を見てみると、僕の腕に人の頭が乗っかっていて、スヤスヤと寝息を立てていた。

喉がひどく乾いていたので、頭の主が起きないようにそっと腕を引いて起き上がり、枕元のミネラルウォーターが入ったペットボトルを手にして、中の水を口に含んだ。

「起きたんだ」

「ああ」

「結構うなされてたわよ、あなた」

僕の腕に頭を乗せていた女性が、眠そうな目でこっちを見ながらそう言った。

僕は、彼女が誰かを確認するために顔をじっと見つめた。そうしていると、さっきまでの記憶が蘇ってきて、ここが自分が宿泊しているビジネスホテルの一室だということを思い出した。

白猫に案内されてたどり着いた小さな神社を出た後、僕は商店街に戻った。

白猫に案内されている時は迷路のような道筋だと思ったが、神社がある通りから商店街までは驚くほど近かった。

すでに空は大分暗くなり、蒸すような暑さは消えていたが、日中の疲れが出たのか、なんとなく体が重かったのでホテルに帰って寝ようと思っていた。

彼女とすれ違ったのは、商店街の入り口だった。ピッチリしたスーツパンツを着ていて、髪をポニーテールに束ねた彼女は、すらりと身長が高い女性だった。

「すいません、お土産買いたいんですけど、いいお店ってありますか?」

反射的に、そう話しかけていた。

彼女は、僕と同じくらいの歳のように見えた。化粧は濃くなかったが、唇が鮮やかな赤色で、一瞬、さっき神社で出逢った女性のことを思い出した。

「どこから来たんですか?」

無視をされるかと思ったが、少し険のある目をこちらに向けて、彼女はそう言った。

きつそうな外見とは対照的に、柔らかい響きのする声だった。

「証券会社で働いてるの」

結局、道端で色々と話をするのも何だからという理由で、僕は彼女を居酒屋に誘った。

さっき、白猫に案内されて神社に行く前に入った居酒屋とは違って、明るい照明に照らされたチェーン店で、僕と彼女は向かい合ってビールを飲んでいた。

「営業やってるの?」

「そう、毎日お客さんのところを回ってね」

彼女が証券会社という、お金に関わる仕事をしていると聞いて、神社にいたときから引きずっていたぼんやりとした感覚が消え、現実に引き戻された感じがした。

「ビール、ジョッキで飲まないんだね」

彼女は生ビールをジョッキで飲んでいたが、僕はいつも通り瓶ビールを頼み、小さなガラス製のコップに中身を注いで飲んでいた。

「この方が落ち着くからね」

「どういう風に?」

「ジョッキでビールを飲んでいると、今自分がどれだけの量のビールを飲んでいるのか分からないけど、瓶ビールだと自分で残りの量を計測しながら飲むことが出来るから、何となく落ち着くんだよ」

「ふーん」

彼女は、ジョッキのビールを一気に飲み干すと、店員におかわりを注文した。

店員が来て、彼女が横を向いて注文をしているとき、僕は、彼女の唇の端が濡れていて、その部分が照明の光によって滑るような光沢を放っているのを見つめていた。

僕は、彼女の唇を見つめながら、さっき神社で会った不思議な女性の唇を思い出していた。

彼女の唇も、同じように鮮やかな赤だったが、唇の端が濡れていたのかまでは思い出せなかった。

「たぶん、あなたは結構小心者ね」

「どうして?」

小心者という言葉を聞いて、少し意外な気がした。そんなことを言われたことはないが、何となく自分ではそうではないかと以前から思っていたからだ。

「物事を計測しながら進める人って、自分が予測している以外の未来は中々受け入れたくない人なのよ。なぜなら、そこには予測できない未来に対する根深い恐怖心があって、その恐怖心が行動を制限して、自分を小心者にしてしまうのよ」

彼女は、僕の瓶ビールを手に取ると、コップに注いだ。

僕は、コップにはまだビールが残っていたので、本当は飲み干してから注いで欲しかったのだが、彼女はそんなことはお構いなしに、グラスの縁ギリギリまでビールを注いだ。

「どう、少し違和感を感じたでしょ?」

彼女は笑いながらそう言った。笑うと目の当たりの険しさが消えて、柔らかい表情が顔に広がった。

彼女は、首に細い金色のネックレスをしていて、その下のシャツの襟首の隙間から、香水の匂いが漂っていた。

僕は、微かに匂うその香水の匂いを、もっと側で吸い込んでみたいと思っていた。

「あなたみたいな小心者の背中を押してあげるのが、私の仕事なの」

「そういう営業をしてるの?」

「そう、証券会社の営業って、結構ハードな仕事なのよ」

「どういう風に?」

「私は個人営業だから、とにかくお得意様のところを回って話をして、一度売った投資信託を解約してもらってまた別の商品を買ってもらったり、会社が勧めている商品を売ったりしないといけないんだけど、そういうのって、一にも二にも信頼がないとやっていけないのよ」

「信頼ね」

「そう、信頼。株や投資信託なんかの金融商品って、普通はみんな買うのに二の足踏んじゃうのよ。なぜなら、普段はあまり触れないものだし、それが何かを分かっていない人が多いから、そこに恐怖心が生まれてしまうのよ。その恐怖心を取り払ってあげるためには、相手に信頼されないといけないのよね」

「確かに、相手がこちらを信頼してくれれば、その信頼感に恐怖心が打ち消されるケースが多いからね」

「でも、信頼を得るためには、いつもとは全然違う、全く別の自分を演じなければならないから、それを続けていると、自分が誰だか分からなくなってくる時があるの」

それはその通りだと思った。僕も、普段会社で働いていると、自分が一体誰だか分からなくなるような時がある。

「それはよくわかるよ。会社で働いていると、本来の自分と信頼を得るために演じている自分との間に剥離が生じてしまうことが多いからね。ただ、その剥離はあまり放置しない方がいい。本来の自分をおざなりにし続けていると、結局は自分の首を絞め続けて、最後は呼吸が出来なくなってしまうからね」

彼女は、瓶ビールを手に取り、また僕のコップの縁ギリギリまで中身を注いだ。

「だから、こうやって女の人に声をかけたりするんだ」

少し笑いながらそう言った彼女の目の中に、僕の姿が映っていた。

ただ、ぼんやりとした輪郭だけしか確認出来なかったので、もっと近くで自分がどう映っているのかを見てみたいと思った。

「そんなにうなされてた?」

ペットボトルのミネラルウォーターを飲み干すと、僕はベッドに戻って彼女の横に寝ころび、そう聞いた。

ビジネスホテルの壁に掛けられた時計を見ると、すでに深夜の1時を指していた。

「うん、呼吸が止まるんじゃないかっていうくらいうなされてたから、体をゆすってみたんだけど、それでも起きずにずっとうなり声をあげてたわよ」

「そうか」

僕は、まだ服を着ていない彼女をじっと見つめながら、さっき感じた彼女の肌の記憶を思い出そうとしていた。彼女の肩に手を触れてみると、さっき夢で見た黒猫の死骸とは違って、滑らかで温かかった。

「もう帰らないと」

彼女がそう言ったとき、微かに吐き出された吐息が空気に混ざった。その空気を吸い込んだ瞬間、自分の内臓の奥で彼女の唇と同じ色の赤い血が染み出してくるのを感じた。

僕は、彼女の肩の下から首の辺りに手を回し、体をこちらへ抱き寄せた。

「もう帰らないと」

彼女はそう言ったが、僕はそれには答えず、首にかけたままの細い金のブレスレットの辺りに微かに残る香水の匂いと、彼女の匂いを確認していた。

さっき夢で見た、モップのような黒猫の毛と、クリーム色の液体を流すミミズの残像を頭の中から消してしまいたかったので、僕はその部分に顔を埋めた。

「消えないんだ」

「消えない?」

「ああ、ずっと消えないんだよ」

彼女の唇の柔らかさを点検し、熱い舌の感触を確かめると、黒猫の死骸のザラザラとした手触りと、クリーム色の液体を流しながら蠢くミミズの残像が消えていくのを感じた。

「もう帰らないと」

彼女はまたそう言ったが、首の動脈から感じる血液の動きが、彼女はまだ帰らないということを僕に教えてくれていた。

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