どうしようか、入ろうか。
店の前まで来て、僕は中に入るかどうか迷っていた。
前々から気になっていた店だが、昼間のうちからこんな高そうな店に入るのもどうかと思って、少し気が引けていた。
だけど、どうしても我慢できなかった。店先から香る香ばしい煙を吸い込んでいるうちに、どうしてもそれを食わないと気がすまなくなってしまったのだ。
店の扉をガラリと開けると、年配の女性店員が丁寧に挨拶をしてくれた。
「いらっしゃいませ」
席に案内してもらう途中、ちらりと入口の方を見ると、真っ赤に燃えている炭の上で串に刺さったそれが飴色のタレを浴びせられ、表面がジュクジュクと泡立っているのが見えた。
それを見ると僕はどうにも我慢が出来なくなってきた。
とりあえず頼んだ瓶ビールをコップに注ぎ、一気に飲み干す。
朝から何も食べていなかったので、薄いアルコールが胃を熱くして心地良い。
「お兄さん、注文は?」
「うなぎ定食を...」
そう、僕は今日、真昼間っから鰻を食うことにしたのだ。
鰻が焼けるのを待っている間、ゆっくりとビールを飲みながら店内を観察してみる。
老舗を全面に押し出しているわけではないが、落ち着いた木目が目に優しい壁や床、そして入口の近くに置いてある黒電話が、何となく歴史を感じさせる。
客層もやはり上品で、老夫婦や品のようさそうなマダム達、それから初老の紳士なんかが、日本酒をちびりちびりと飲んだり、旦那の文句を言い合ったり、新聞を読みながら鰻が焼けるのを待っている。
「それがね、最近やっとうちの旦那、再就職の口を見つけたのよ」
「あら、よかったじゃない」
「ほんとよ、退職してからずっと家にいたからもう気が滅入りそうだったわ」
「私だったら離婚するわね、あんなのにずっと家にいられたらたまったもんじゃないわ」
「旦那なんて、外に出て金稼いできてなんぼだからね」
マダムたちがビールを飲みながら旦那の悪口を言いまくるのを聞いて、男というのは女に比べて生物学的に非常に弱い立場にあることに気付く。
汗水垂らして旦那が稼いできた金で酒を飲み、鰻を食う女房たちと、慣れない再就職先でおどおどしながらも必死で頑張る旦那たち。
その恐ろしいくらい左右非対称なコントラストが、喉を通過するビールの苦みを増幅させる。
やれやれ、旦那たちはたまったもんじゃねんだろうな...。
再就職先で頑張る初老のサラリーマンを脳裏に浮かべながら、瓶に残ったビールを飲み干していると、カコーン、カコーンという壁時計の音が店内に響き渡った。
壁に掛けられたその大きな壁時計を見ると、時刻は十二時を指している。
「お待たせしました」
ようやく、僕の鰻が席に運ばれてきた。
さてと、このまま鰻を食うシーンまで書くと、ただの食レポブログになってしまうので、味の方は読者のみなさんの想像に任せる。
結局、この鰻屋の勘定は1人で5,000円と相当高額な昼食となってしまった。
酒を飲んだというのもあるが、最近、とにかくウナギは高い。10年くらい前に比べると、2~3割は値段が上がってしまっているのではないだろうか?
それというのも、稚魚のシラスウナギが年を重ねるごとに獲れなくなってきているからだ。
日本では土用の丑の日にウナギを食うという習慣があるが、あまりにもウナギが高騰してしまっているため、土用の丑の日を閉店とする老舗の鰻屋が出てきて話題になっていたほどだ。
国産ウナギの生産地は静岡の浜名湖や鹿児島なんかが有名だが、あんまりにも価格が高騰してしまったため、最近では老舗の鰻屋でも台湾産などの外国産を使う店が出てきている。
なぜ、そんなにシラスウナギが減ってしまっているかというと、日本人の胃袋を満たすために乱獲されすぎたり、気候変動による生息地の変化などが指摘されている。
ウナギは完全養殖が確立されていない資源のため、どうしても稚魚のシラスウナギが養殖に必要となってしまうので、シラスウナギの数が減るとウナギの価格は上昇するという構造になっている。
日本は、世界のウナギの70%を消費しているとも言われる、世界最大のウナギ消費大国だ。
だから、日本人が食いまくらないかぎり、シラスウナギが激減したり、日本ウナギが絶滅の危機に瀕したりすることはない。
だけど、日本人は決してウナギを食うことをやめない。なぜなら、単純に美味いからだ。
ウナギやアナゴなど、細長くて脂肪分をたっぷりと身に含んでいる魚は、生きているときはウネウネしているし、ネバネバした膜を張っているしで、決して美味そうだとは思わないが、背開きや腹開きにして焼くと、とてつもなく香ばしい匂いを発して人々の味覚を刺激する。
ウナギは、江戸時代初期の頃はぶつ切りにして山椒味噌なんかをつけて食う下賤な食い物として扱われていたが、時代が進むにつれて身を丁寧に開いて焼いたものに甘辛いタレをつけて焼いたり蒸したりするという調理方法が開発されて大流行した。
それから今に至るまでおよそ200年もの間、日本人はひたすらウナギを食い続けてきた。
しかし、最近あまりにウナギの価格が高騰し続けているので、このウナギインフレが続けば、もしかしたら将来的に日本円で1万円くらい出さなければ店でウナギを食うことが出来なくなるかもしれないなと、鰻屋の店先で香ばしい煙の匂いを嗅ぎながらそう思った。
だから、将来10,000円くらいになるものを、今5,000円支払って手に入れることにしたのだ。
...。
食いたかっただけやけど笑。
ただ、10年後は間違いなくさらにウナギの価格は高騰しているだろう。
他にも、マグロや海老、貝、それから根魚など、日本の魚介類は総じて価格が上昇する可能性が高いと思う。
というのも、完全養殖が確立されているもの以外は、漁業従事者が減少しているので漁獲量が減ってしまうのではないかと思うからだ。
漁獲量が減れば、相対的に価値は上昇してしまうので、そのうち、鰯や鯖の寿司1貫が1,000円くらいになってしまう可能性もゼロではないと思っている。
まあ、それは極端だが、よく観察していると、鯖や鰺、それから鰯などの大衆魚も価格が上昇傾向にある。
おいらが思うに、このまま漁業資源の乱獲が進み、どこかの時点で漁業従事者が高齢化により大量に廃業してしまったら、その時点で魚介類の価格は急上昇を描くかもしれないなと思っている。
仕事で疲れて帰ってきたら、
「はい、あなた釣りに行ってきてちょうだい!!」
嫁にそう言われて釣り竿を渡され、防波堤へと出動するサラリーマンが大量発生するという悲劇が起こる可能性だってあるだろう。
...。
1食5,000円の昼飯など、倹約家の方からしたら言語道断かもしれないが、将来的な価値、つまり10~20年後などに同じ体験をしたいと思った時に今の倍以上の金を出さないといけない可能性があると考えれば、実際はそんなに高い出費ではないのかもしれないと思った。
つまり、株で考えると10年後に100%のリターンを達成する投資を行ったのと同じだと考えればいいだろう。
ウナギが好きな人に限定されるかもしれないが笑。
ただ、ウナギは別として、金の価値というのは日々刻々と変化しているという考えを常日頃から持っておくことは非常に大切なのではないかと思う。
例えば、昔は300円で買えていたタバコが、今では500円出さないと買えなかったり、昔は20万円だった薄型テレビが、今ではドン・キホーテで3万円で買えたりする。
タバコは税金が昔より多く乗っかり、そこに値上げも重なり値段が上がっている。
一方、テレビは海外メーカーに生産をさせることで、新興国通貨と日本円の為替差、それと現地の安い労働力、技術のコモディティ化により、価格は下落傾向にある。
株をやる前はそんなことは考えたこともなかったが、株をやりはじめてから、そういうことを意識するようになりはじめた。
石油価格の変動や、米国での利上げ状況や政治情勢、それから世界中で起こる経済ニュースにより、日本円の価値や日々の生活コストというのは刻々と変化している。
はっきり言って、そんなもん意識してもどうしようもない事かもしれないが、原油高の時はチョビチョビとガソリンを補給し、原油安になったら毎回満タンにするというくらいの抵抗は出来る。
円高のときに外国資産、おいらの場合は米国株を買ったり、輸出企業の株を買っておけば、円安になったらそれらの資産の日本円換算の価値はかなり上がりやすいだろう。
猫パンチくらいの威力しかないかもしれないが、そうやって資産価格の変化に微力ながらも抵抗して生活していたほうが、案外楽しいのかもしれないなと思う。
まあ、なんにせよ、10年後にウナギのかば焼きが1枚10,000円を超えていないことを祈るばかりだ。
株で夢をかなえよう
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