「こら、虫さんを殺しちゃダメでしょ」
「どうして?」
「それはね、虫さんも生き物だからよ」
そういえば、ママが虫さんは殺しちゃダメだって言っていたな...。
人は死に直面すると過去のことを凄まじい速さでフラッシュバックする、と聞いたことがある人もいると思うが、あれは本当で、死にかけると本当に過去の記憶がチカチカと点滅信号のように脳内のスクリーンに映し出される。
皆さんは、そのような経験をされたことはあるだろうか?
「ある!」
そう言った人はおめでとう、どうやら貴方は、あの世に送り込まれる一歩手前から生還されたようだ。
実は僕も一度フィジカル的にマジで死にかけたことがあって、かなり長い間病院通いせざるを得ないような状況になったことがあるのだが、今日はその時のお話を少ししようかと思う。
最近、よく身近な若いサラリーマンが、
「お仕事ちんどいよおおおお、死んじゃうよおおおお」
と呟くのを聞くのだが、「大丈夫だ、人間は簡単には死なない生き物だよ?」と、アドバイスをしたくなるのを我慢している。
実際のところ、人間は相当しぶとい生き物で、なかなか死ぬことはない。
「うぎゃあああああああああああ」
ある日突然、その事故は起こった。
詳しい内容は割愛させていただくが、その事故により、僕は意識を失い、目が覚めると左半身が麻痺状態になっていた。
「あぶなかったですね」
ぼんやりとした視界の向こうで、白衣を着た医師がそう言った。
どうやら僕は事故で死にかけたらしいが、無事にこの世に生還したようだ。ただ...体中に激痛が走っていて、どうしようもないくらいに痛い。さらには、痛みを感じない左半身は感覚が全くなく、歯医者で麻酔をされた時のような感じになってしまっている。
皮膚が傷付いた時のような表面的な傷みではなく、骨の奥から、ズキン、ズキン、と重く響いてくるような耐えがたい痛みを体中に感じる。
一体僕はどれくらい気を失っていたのだろうか?
そう考える余裕すらないくらい、その痛みは激しく、その場に「居る」ことが辛いという、いままで感じたことがない感覚を覚えていた。
痛すぎて居ても立ってもいられないのだ。
「これ、治るんですか?」
医師にそう聞くと、
「まあ、様子を見るしかないですね」
という無責任な回答が返ってきた。
その日から、僕の地獄が始まった。
というのも、とにかく痛みが激しすぎて夜も眠れないのだ。
しかも、左上半身が全く言うことを聞いてくれない。麻痺している部分から、ジーンという冷蔵庫の稼働音のような音が発せられているように感じる。
そして、眠れない。激痛のせいでベッドで横になっても、とにかく眠れないのだ。
滅多に恐怖を感じない僕だが、初めてと言っていいくらい得体の知れない恐怖を感じていた。
ーこれから俺はどうなってしまうんだー
これは経験した人しか分からないと思うのだが、激痛が続いて眠れないという状態は本当に苦しい。
ベッドに横になっても眠れず、次の日の朝日を見ると、脳がキーンという電子音のような音を発するのを聞くことが出来る。
「今日も寝れなかったか...」
それが一日で終わるのならいいのだが、際限なくその状態が続くのだ。
眠れない状態が長期間続くと神経が段々と張りつめてきて、常に体が緊張しているような状態になり、食欲も無くなってくる。
その頃、僕はすでに仕事をしていたので、事故後退院してからは動かない左半身を引きづって何とか出社していたのだが、当然のことながら激痛と睡眠不足で全く仕事も進まない。
ただ、家にいて延々と痛みと麻痺に神経を擦り減らすのには耐えられないので、何とか会社へ行き、仕事をしていた。
そんな状態で長時間働くので、帰る頃にはフラフラになり、家に着くとベッドに倒れ込んで意識を失う。
しかし、激痛で1時間くらいで目が覚め、そこから朝まで眠れない。
医師から処方してもらった痛み止めを飲むのだが、全く痛みが収まることはなく、それどころかどんどん悪化しているようにも感じた。
そんな状態が数週間続いていたある日のことだった。
すでに僕の体力と気力は限界に達していたのだが、それでも家でじっと孤独に痛みに耐えているのは怖かったので、何とか出社しようと駅に向かっていた。
「休んだ方がいいんじゃないか?」
明らかに仕事のクオリティが落ちている僕を見て、その時の上司はそう言ってくれたのだが、はっきり言って休んで家で一人で痛みと向き合っていることが怖かったので、出社するしか僕に選択肢はなかったのだ。
寝転んでいて治るのならいいのだが、延々と続く痛みを独りで何もせずに感じ続けることは恐怖でしかなかった。
「会社に、会社に行かないと...何か作業をして気を紛らわせないと」
そう考えながら、駅のホームで、ズキン、ズキン、と音を立てながら体を引き裂こうとする激しい痛みに耐えていた時だった。
白い雲のような影が目の前でユラユラと揺れているのが見えた。
ーなんだ、これは?-
ぼんやりとした意識で、僕はその影を追いかけようとフラフラと歩いていた。
「危ないぞ!!」
突然、誰かが僕の肩を後ろに引っ張った。
「...?」
危うく、僕は駅のホームから列車の車線へ落ちる寸前だった。
「大丈夫か?」
僕の肩を引っ張ってくれたサラリーマンがそう言うのと、駅に列車が到着したのがほぼ同時だった。
あれは、幻覚だったのか?
何とか列車に乗り込み、窓の外を見ていると、耳の奥でキーンという電子音のような音が聞こえてきた。
一体、この先どうなってしまうんだ?
ズキン、ズキン、という痛みに歯を食いしばりながら、僕は恐怖で泣きそうになっていた。
つづく
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