「いいですかー、みなさん耳をかっぽじってよーく聞いてくださいね!今から、皆さんに絶対に儲かる株式投資の秘密を伝授します。秘密というからには門外不出です。しかし、今日は特別にそれをお教えします」
観衆たちが「ウオーッ」という歓声を上げたり、手を大きくたたいて拍手を送っている。小さな雑居ビルの一室は、異様な熱気に包まれていた。
「絶対に儲かる技術を身につけられる投資セミナー」に参加した僕は、ごくりと唾を飲みこみ、壇上の講師を食い入るように見つめた。手元にはペンと手帳。今から教えて貰う秘密を正確にメモに残さないといけない。
口の中が渇き、喉の奥が熱い。手元のペットボトルを手に取り、ミネラルウォーターを口に含んでも渇きは癒えない。胸の奥がドクドクしてきて、手が少し緊張で震えている。
大丈夫、これで僕も金持ちになれる。今まで失敗続きの投資人生だったが、これでもう大丈夫だ、今日で潮目が変わるに違いない。僕は、今日、株式投資の奥義を身に着けることになるのだ。
講師はポロシャツにジーパンと結構ラフな恰好をしている。しかし、その腕には富を象徴するロレックスのサブマリーナが輝いており、講師が腕を動かすたびに室内の蛍光灯の光を眩しく反射している。
この人についていけば間違いない。その確信が、さらに喉の渇きを強くする。僕は人一倍富に飢えているのだ。そしてこのセミナーに参加している誰もが、自分が今置かれている現状に飽き飽きし、富の持つ力がその状況を変えてくれると信じている。
求めよ、さすれば与えられん。
聖書の有名な言葉だが、この言葉は確かに真実を語っている。どんなに簡単な望み事でも、その人が求めなければ現実の事象となって現れることはない。どんな不幸であれ、どんな幸福であれ、心で求めることによって初めて現実のものとなって目の前に現れるのだ。
求めていなければ、たとえそれが現れたとしても、人はそのことに気づかないことが多い。
ここに来ている連中は僕を含めて皆心の底から富を求めている。だから、そこへ辿り着く方法を目の前の講師の教えを通して掴み取ろうとしている。そして、何人かはそこへ辿り着くことが出来るだろう。
ちらりと横に座っている男性を見る。少し小太りで冴えない顔をしたスーツ姿のサラリーマンだ。年は40前後だろうか。スーツの青山で買ったような安物のスーツにレンズの曇った眼鏡。間違いない、彼も僕と同じように自分が置かれている現状に耐えることが出来ず、迷った挙句ここに来たのだ。
僕が見ていることに気づいたのか、彼がこちらをチラリと見た。つぶらな瞳が狂気を含んだ鋭い光を放っていた。間違いない、彼も本気だ。
「みなさーーーーん、メモのご用意!!」
講師の声に、会場が一気に静まりかえる。
「株式投資初心者の皆さんにシンプルな質問です。10年前からひたすら上昇し続けている株があるとします。さて、この株はこの先も上昇し続けるでしょうか、それとも突然下落するでしょうか?」
講師がホワイトボードに右肩上がりの直線を引いていく。
「君、そこのスーツ眼鏡君、君はどう思う?」
僕の横に座っていた男が突然講師に指名された。
「え、えーっと10年間も上昇し続けたんだから、そろそろ下がってしまうんじゃないかと思います」
男がそう答えた途端、少し眠たげだった講師の目がクワっと見開かれた。お化けの鬼太郎の頭の上に乗っかている目玉親父のように、巨大で不気味な目だった。
「家に帰って自分のケツに500円玉でも詰め込んで楽しんでろ!!このクソ野郎!!!」
こっちの心臓が破裂するかと思うくらい大きな声だった。上品な白髪の紳士といった印象だった講師の顔が、まるで夜叉のように引きつっている。
「失礼、興奮してしまった。昔、証券会社のディーリングルームで働いていたころに上司に同じ質問をされてね。君と同じように答えて随分と叱られたのを思い出してしまったよ」
講師が自分を落ち着けるようにスーッと息を吸い込む。
「株式投資の初心者は、みんな逆張りが大好きだ。だけどそれは決定的に間違っている場合が多い。いいですか、上がり続ける株はずーっと上がり続ける。こう考えることが出来ないと株式投資で勝つことは出来ません」
「ちょっと待ってください!!いつまでも上がり続ける株なんてこの世に存在するはずがありません、だって株って上がったり下がったりするもんじゃないですか」
眼鏡サラリーマンが手を上げてから、震える声でそう言った。
確かにその通りだ、いつまでも上がり続ける株なんて存在するはずがない。僕だってそう思う。
「アウトーーーーーーーーーーーーーー!!!」
再び狭い部屋に講師の声が鳴り響いた。
「君のその考え方は決定的に間違っている。いいかい、本物の資産というものは常に価値が上昇し続けるものなんだ。ここを間違えると最悪なのだが、私が言っているのは価格のことではなくて価値のことだ。この二つを混同する人間が多いが、この二つは全く別のものを指す言葉だ」
「か、価値と価格が違うとはどういうことですか?」
眼鏡サラリーマンが頑張って質問をする。感心なことに、怒鳴られながらもかれは講師の言葉をカリカリとメモしている。
「価値というのはそのものが持っている不変のものだ。例えば、携帯電話はどこにでも持ち運ぶことが出来て、遠く離れた人に電話が出来る。これが携帯電話の価値だ。その価値に電話会社が値段を付けて君たち消費者に売る。携帯電話の価値自体はいつでも変わらないが、値段は電話会社によって異なるし、顧客が増えれば価格競争が起こって安くなる」
確かにそう言われるとそうかもしれない。携帯電話の価値自体は変わらないが、顧客が増えた結果価格は安くなる。
「ところが、株式市場ではこれとは逆の現象が起こる。株式の価値は、欲しがる人が多ければ多いほどグングン上昇していく。そして、株式と携帯電話の違いは、価格が上昇していない場合でも株式の価値自体が上昇することがあることだ。例えば、企業というのは新しい商品をどんどん作りだす。そして、その商品はどんどん利益を生み出す。企業価値とは利益を生み出す力のことなので、その場合価値は確実に上昇している。しかし、顧客である投資家がそれに気づいていない場合、価格は変化しない」
なるほど、確かにそうかもしれない。利益は上昇しているのに評価されていない企業というのは結構多い。
「しかし、投資家がその価値に気づいた瞬間に価格は一気に上昇し、適正値かそれよりも遥かに高い値付けをされる。だから、価値自体が上昇していればいつか価格はそれに準じて上昇する。問題は、それがいつの時点だということだけだ」
「じゃあ、永久に上がり続ける株というものもある訳なんですね!!」
眼鏡サラリーマンは興奮した口調でそう言った。
「ある」
講師が力強く頷いた。
「永久に上昇する株というのは、人々の想像を超えた未来まで利益を伸ばし続ける株のことだ。永久に利益を上昇させ続ける企業の株であれば、株価も永久に上がり続ける。そして、その上昇は凸凹であっても構わない。重要なのは、一番下の点と一番上の点を結んだら右肩上がりになっていることだ」
そうか、そうだったのか、人々の想像を超えて利益を上昇させ続ける企業の株を買うことこそが株式投資の必勝法だったのか!!
「先生、教えてください!!」
無意識に僕は手を上げて大声でそう言っていた。会場の視線が一気に自分に集まるのを感じる。
「では、具体的にどの会社の株を買ったらいいんですか!?」
講師が僕をじっと見つめる。鋭い眼光に、体がすくみ上がった。それから講師は天井をしばらく見つめ、再び僕のほうに視線を戻した。
セミナーに参加している全ての人が講師の言葉を待っている。張り詰めた空気が会場を包み込み、誰かが「ゴクリ」と唾を飲み込んだ音が聞こえた。
さあ、教えてくれ!!永久に上がり続ける株とはどの株のことを指すのか!!
講師の口がゆっくりと開く。
「自分で考えろクソ野郎!!」
その後、お家に帰って史上最高値を更新していたアップルの株を取得いたしました。大丈夫だよね、ウォーレンバフェット先生にフィリプフィッシャー大先生よおおおおおおおおお!!ダイソン(大損)したくねえんだよおおおおおおおお!!
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