「おい、これ飲むか?」
「ありがとうございます」
昔、学生の頃にアルバイトで行っていた建築現場で、仕事終わりによく缶コーヒーをくれる気のいいおっちゃんがいた。
そのおっちゃんは、見てくれはガタイもよくとても厳つい感じで、休憩時間になるとセブンスターを吸いながらガラケーで競艇のニュースをよく見ていた。
「ああ~、早く行きてえな」
心底競艇が好きだったらしく、呻くような声で仕事中にそう言っていたのを今でもよく覚えている。
そのおっちゃんがくれる缶コーヒーの銘柄は、いつもキリンのFIREで、初めて飲んだ時に、これはうまいなと思った。
それ以来、おいらは缶コーヒーは断然FIRE派になってしまったんだが、最近は別のFIREがアメリカのミレニアム世代を中心に大きなムーブメントとなっている。
Financial Independence Retire Early
略してFIRE。
早期リタイアと経済的独立を意味するこのFIREという生き方に、現在の30代を中心としたミレニアム世代が広く共感を覚え、そのムーブメントは徐々に大きなものとなり、我が国である日本でもFIREを支持する人々が増えている。
あの缶コーヒーをくれていた気のいいおっちゃんに、「FIREっていう生き方についてどう思いますか?」、と質問したら、「毎日競艇にいけるな」 、とFIREを実践している人が聞けば激オコな答えが返ってきただろう。
なぜなら、大体の場合においてFIREを実践する人々は倹約と節制をとても大切にしているからだ。
FIREを実践している人々に共通しているのは、日常的に節約や節制を徹底し、貯蓄や投資を心がけている点だ。
そのシステムは極めてシンプルで、得た収入から出ていく支出を抑え、残ったお金を継続的に貯蓄や投資に回し、溜まったお金や資産から得られる利子や配当収入で生活することが出来るようになれば、仕事を早期リタイアして、残りの人生を自由に楽しむというものだ。
ちなみに、FIREには大きく分けて2種類あり、Lean FIREとFat FIREに分かれる。Lean FIREは、節制や節約によって貯蓄や投資を行うタイプで、Fat FIREは普通の暮らしをしながら余剰資金を貯蓄に回すタイプだ。
今ミレニアム世代の間でムーブメントとなっているのは、Lean FIREの方で、月々の支出を切り詰め、収入の大部分を貯蓄に回すというタイプのものだ。
ちなみに、FIERを実践している人たちは、ケチというよりかは、節約や節制を楽しんでいるという印象が強い。
様々な金融の知識を身につけたり、お得情報を仕入れてきたりすることで、知識を成長させ、楽しみながら資産を増やして夢のアーリーリタイヤを実現しようとする場合が多いのだ。
おそらくだが、この「楽しみながら」というのが結構ミソで、歯を食いしばりながらやるのではなく、自分自身の創意工夫により支出を減らすことを楽しむというプロセスがあるからこそ、FIERは大きなムーブメントとなっているのではないだろうか。
根本的に苦しいことをやりたがる人が多いとは思えないので、自分自身の創意工夫により極限まで支出を減らすという行為は、我々が思っている以上に楽しい行為なのかもしれない。
まあ、確かに支出を減らして貯蓄に励めば、目に見える形で資産が溜まっていくので、達成感を強く感じられるのもポイントなんだろう。
資産額でいうと、大体4000万~1億くらいの貯蓄や資産を築くことができれば、FIREを実現することが出来る場合が多いようだ。
それくらいの額の資産があれば、配当金や利子などで年間数百万円の収入を得ることが出来るので、贅沢をしなければ何とか生活はしていける。
印象的だったのは、独り者だけではなく、夫婦や家族でFIREに取り組んでいるケースも多いことだ。
やはり一人でお金を溜めるよりも、共働きで頑張った方が貯蓄の勢いは必然的に伸びるので、FIREを実現する場合はカップルや夫婦の方が有利なのかもしれない。
経済的自由を達成した暁には、家族で外国を旅行しながら毎日を楽しんだり、自分のペースで仕事をしながら生活したりと、経済的独立に裏付けされた自由を満喫出来するのがFIERの目的だ。
そう、FIREの根本にあるのは、「自由」なのだ。それも、資本主義社会を生きるために必要な潤沢な資本を裏付けとした完璧な自由だ。
「なるほど、FIREね...」
社畜として働き、クタクタになって帰宅してから、缶ビールを飲みながらFIERムーブメントとはどういうものかということについて考える。
日本の20代や30代の中にも、ストレスまみれのサラリーマン社会を嫌い、FIERを目指す人たちが結構いる。
彼らのブログやツイッターなんかを覗いてみると、金融の知識に富み、支出を嫌い、そしてせっせと貯蓄や投資に励んで驚くほどの資産を築いている場合もある。
もはやそれは趣味の領域にまで達していて、節制や節約、それに貯蓄をすることに大きな喜びを感じており、非常に楽しそうだ。
そう、「楽しそう」なんだよ。だから、このムーブメントは日本でも大きな広がりを見せるんじゃないかと思っている。
確かに、自分自身サラリーマンとして働いて、この商売は安定しているようで安定しないないし、極端に自由は制限されていると思うことがよくある。
サラリーマンというのは因果な商売で、大体入社してからのコースは決まっている。
まず、入社して何年かしたら結婚をし、大体の場合住宅ローンを組んで家を買う。そしてそのローンを返すためにせっせと働き(もう辞められない)、退職を迎える日になってこう思う。
「あんまり楽しくなかったな」ってね。
...。
アカン、書いてたら今すぐにでも自分もFIREせなアカン!!と思って焦ってきた笑。
おそらく、労働者としての生活が楽しければ、誰もFIERなどしようとは思わないだろう。なぜなら、「楽しい」ということは「満ち足りている」ということなので、それ以上の状態を求める必要などどこにもないからだ。
しかし、労働者というのは日本のサラリーマンだけではなく、万国共通でストレスにさらされ、そしてその自由は著しく制限されているらしい。
だからこそ、自由の国であるアメリカからFIREが広がり、それが他の先進国に広がりを見せ始めており、やがては新興国でもそれは大きなムーブメントになっていく可能性が高いと思う。
もうね、本当は、みんなもうイノベーションも業務の効率化もまっぴらゴメンなんだよ。そんなもののために働く(生きる)んじゃなくって、自分本来の個性を大切にしながら、極限まで自由を楽しんで生きていたいというのが本音だろう。
つまり、FIREとは、均一化を求めるマスプロダクツな社会とは別れを告げ、各個人が生まれ持った個性と自由を楽しみたいという人々の欲求が具現化したムーブメントだと言えるのではないだろうか。
さて、このFIERムーブメントなんだが、おいらは現在進行形の資本主義システムとは相容れないものだと思っている。
もしもアメリカ国民の50%以上がFIREを達成したら、今度は政府が全力でFIREを禁止するのではないかと思う。
いや、禁止というよりかは、国のシステムをFIREの実現が困難なものに作り替えるのではないのではないかと思う。
なぜかというと、今は個性の時代だとよく言われているが、実はまだまだ全然マスプロダクツ優先の社会だからだ。
例えば、アメリカとオーストラリアの家畜業者たちが全員FIREしてしまったなら、日本の牛丼屋とアメリカのステーキ屋、そして最近人気のいきなりステーキの店舗は全て営業停止に追い込まれてしまうだろう。
また、エクソンモービルやシェブロン、それからシェールガス企業に勤める社員たちが全員FIREしてしまったら、アメリカ中のガソリン供給がストップしてしまい、その結果人々の移動手段の中心が再び馬や牛といった家畜に逆戻りし、ゼネラルモータースが2回目の破綻をしてしまうかもしれない。
かなり大げさかもしれないが、要するに現代社会はまだまだ「人力」によって回っている社会なので、その社会で労働者として働く人々には、ある程度の規則性が求められるのだ。
例えば、東京のサラリーマンは朝7:00の満員電車に乗って、9:00までには会社に着き、そして最低でも夕方18:00までは働く、といった感じの規則性が存在することで経済が動き、様々な製品やサービスが人々に提供され、それによって初めて日常生活が成り立っている。
分かりやすく言うと、資本主義社会が成立するためには、労働者という規則的に動く奴隷が必須なんだ。
一方で、FIREを実現する人々は資本主義社会の奴隷ではない。そのため、資本主義社会が求めるような規則的な動きをすることはなく、そういった規則性をひどく嫌っている。
だから、一部の人々がFIERする分には影響はないが、多くの人々がFIREし始めると世の中に大きな歪みが生まれてしまう。
具体的には、企業活動の停止や、それに伴う税収の低下、そして商品やサービスの欠乏といったところだ。
例えば、あなたがいつも利用するコンビニの店員さんを見てみるといい。大体の場合、そういった店員さんたちは安い時給で働いており、当然FIREを実現してはいない。
しかし、そういった人々が存在することでコンビニは24時間稼働しており、我々はいつでも便利に買い物をすることが出来る。
そのため、もしも日本中のコンビニ店員さんたちがFIREしてしまったら、我々は深夜に便利にお買い物をすることが出来なくなってしまうし、中には生活に支障の出る人たちも出てくるだろう。
そしてコンビニを展開する企業が法人税を支払えなくなるため、日本の財政はますます悪化して公共サービスが局所的に停止してしまう可能性だって出てくるかもしれない。
これまた極端な話だが、要するにそういうことだ。労働者という奴隷がいないと成り立たない社会、それが我々が今生きている資本主義社会だ。
そのため、極限までFIREムーブメントが広がりを見せた場合、恐らくは規制されるのではないかというのがおいらの予測だ。分かりやすいところで、資産への多額の課税や差し押さえなんかだろうね。
なぜなら、労働者がいなくては資本主義社会は成り立たないので、FIREによって労働者が減少することを防ぐ必要が出てくるからだ。
ここまで読んだ方は、「なんだ、それじゃあ人類全員がFIREすることはできないじゃん」、と残念に思ってしまっただろうが安心して欲しい。
実は、最近もしかしたら人類全員がFIER出来るんじゃないかという制度が世界各国で議論されている。そして、その制度を可能にするんじゃないかと期待させるような技術革新が進んでいるのだ。
それが、ベーシックインカムと産業のAI化だ。
まず、ベーシックインカムとは、国民全員に一定額を支給する制度のことで、年金に変わる制度として実際に日本でも議論されている。
ただし、今現在想定されているベーシックインカムは、国民全員が必要最低限な暮らしを成立させるために必要な額を支給するというものだ。
その想定だと、人類全員がFIREすることは出来ないのだが、産業のAI化が進めばベーシックインカムだけで必要最低限以上の生活が可能となり、人類全員がFIRE状態になれるのではないかと思うのだ。
「AIて...」
と思う方もいるかもしれないが、実はAIというのは、今猛スピードで我々の生活に浸透し、そして人々の仕事を奪いまくっている。
例えば、コールセンターの簡単な業務や、社内での問い合わせ、それから人事による採用の仕事など、本当に人間の仕事がAIに奪われているんだよ。
先日、それを強く感じる出来事があったのだが、ここでは割愛させていただく。
おそらく、日本企業に一番浸透しているAIはIBMのワトソンだと思うのだが、あれはガチで凄いよ。触れれば分かるが、導入後のディープラーニングの初期にも関わらず、人間の仕事を奪いまくるというスーパーモンスターなんだよ、あれは。
AIというのは物凄いスピードで自己学習を行うので、導入してから時間が経過すればするほどカスタマイズされていき、やがてはワトソンやその他のAIが人間を淘汰してしまうかもしれない。
まあ、AIはそんぐらい凄いもんだとおいらは思うのだが、AIがこれから様々な分野に応用されていけば、もしかしたら労働者は必要なくなり、全自動の社会が完成するのではないだろうか。
食料も、交通も、娯楽も、病院の運営も、銀行も、もう全てオールAIによって全自動で成り立っている世界。
AIが搭載された人間そっくりの多関節ロボットが患者を介護したり、田植えから稲刈りまでを全自動で行うトラクターや、オーダーメイドの仮想現実を楽しませるVRを超えた超次元映像を実現するAI機器。
そんな社会が完成してしまったなら、もはや労働者は必要なくなる。
だから、人類全員がFIREして人生を謳歌することが出来るのではないかと思うのだ。
非常に素晴らしい世界だとは思わないかい?
だけど、恐らくこの世界は最悪のバッドエンドを迎える。
なぜなら、それはAIによって完全に管理された世界だからだ。つまり、人類がAIの家畜と化する世界だ。
AIは徐々に環境破壊によって地球が壊れないようにするため、人類の適正個体数を割り出すようになり、人類の総数がその個体数を超えてしまうと調節を行うようにないくだろう。
つまり、リアルターミネーターが家畜である人類を狩りまくる世界だ。
以前、様々な識者がAIの開発が行き過ぎると、人類を滅ぼしかねないと警鐘を鳴らしているという記事を経済紙で読んだのだが、可能性は低いかもしれないが、もしかするとこういう事態が起こる可能性も0ではないんだろうね。
...。
書いてて怖くなってきたので、本日はこの辺で終わりにしよう。
気が向けば...続きを書こうかな。
株で夢をかなえよう
※損切りしたケンコーマヨネーズから配当金が入金されていて、切ない気分のかぶまくら先生を応援したい方は下記のボタンを猛プッシュして欲しい!!また、途中から意味が分からなくなってきたという方も猛プッシュしてくれ!!それ以外の方は、押さなくてもいい。
↓