「ねえ~、おじいちゃ~ん、それからどうなったの~、ねえ~??」
可愛い孫がそう言って話を急かすので、ワシは話の続きをしようか迷っていたのだが、思い切って孫にこの話を最後まですることにした。
孫、いや、私の遺伝子を受け継ぐこの素晴らしい生命体に、あの時の出来事をきちんと話さなければいけない。
自分の命がもうあと僅かしか残されておらず、話をしようとすると目から涙が溢れ出てきて、股関にも力が入らないため失禁しそうになるほど老衰しているのだが、あの事だけはきちんとこの新たな命に伝えなければならない。
そう...あの日あった、あの出来事だけは、きちんと伝えなければならないのだ...。
ずっと、この胸に秘めていたあの真実を。
<友人の彼女に連れられてきた猫美と、どこにでもあるような大衆居酒屋で初めて顔を合わせた瞬間、僕は少し戸惑っていた。それは、春のある日に突然地中から叩き起こされた蝉が、まだ夏でないことに驚いて地中に戻りたくなったような、そんな感じの気分で、僕の心臓は今までにないくらい不規則に動いていた>
「はーい、かんぱ~い!!」
僕たちはビールで乾杯をすると、若者たちらしく一気にジョッキを煽った。僕は本当はビールはジョッキではなく瓶が好きで、ちょびちょびと飲むスタイルなのだが、この日ばかりは誰よりも早くジョッキを空けた。
というのも、
真正面に座る猫美を直視できなかったからだ。
「かぶまくら君は、今まで何人くらい付き合ったことあるん?」
「...3人くらいかな」
「うそおおおおおおおお、少なくない!?私今まで20人くらいと付き合ってるよ、奥手なん??」
「へえ~猫美ちゃんってモテるんだね」
横から友人が猫美にそう言うと、友人の彼女がこう言った。
「モテるよね~、猫美は。だって可愛いもん!!」
「それよく言われる!!」
僕は、友人の彼女の視力が0.000000000000001であることを祈った。そうでないと、彼女は脳に異常をきたしている可能性があると思ったからだ。
「猫美さ、かぶまくら君のこと結構タイプなんじゃない?」
「え、そんなん、わからん!!」
猫美は、ひどく照れたような顔となり、
「ちょっとトイレ行ってくる!!」
と言って、席を立ち、それに合わせて友人の彼女も、「私も行く」、と言って席を立った。
「おいいいいいいいいいいいいいいい!!!てめえ、ぶち殺すぞおおおおおおおおおおお!!!」
2人が席を立ったあと、僕は居酒屋中に響き渡るほどの大声で叫び、友人の胸倉をつかみあげた。
「お、落ち着けって!!」
「てめええええええ、ブスとかそういうレベルじゃねえええだろうがああああああああ!!!」
我を忘れて殴りかかろうとする僕を諭すように、友人はこう言った。
「かぶまくら、巨の乳好きだろ?猫美ちゃん、かなり巨の乳だぜ」
思いがけない友人の発言に、僕は一瞬、体の中心を貫通している芯を上の方から抜かれたような気分になった。
「巨の乳?」
「ああ、顔ばっかり見てたから気がついてなかったかもしれないけど、Fくらいはあると思うぜ」
唐突な友人の発言に、僕はハッとなった。
ー確かに、そうかもしれないー
「それにさ、猫美ちゃん、お前のことかなり気に入ってるから絶対いけるぞ」
囁くように友人が言ったとき、トイレから猫美と友人の彼女が戻ってきた。
「あれ、猫美ちゃんさっきと顔変わってなくない?」
トイレから戻ってきた猫美に、友人がそう言った。
「今日ナチュラルメイクできちゃったから、ちょっと化粧直してきた」
「猫美、本当はいっつもこんな感じなんだよね!」
確かに、猫美は化粧直しをしていて、顔が少し上気しているように見えた。
「あれ、猫美ちゃん、少し顔赤くなってるよ」
「え...」
「猫美、かぶまくら君がいるから照れてるんだよね!!」
「そんなことないし!!」
確かに、でかい...。
僕は、猫美の隠された魅力に気が付いてしまったが、それでもやはり彼女を直視することは出来なかった。
なので、顔から視線を外し、胸のあたりに意識を集中することにした。
「かぶまくら君、猫美の胸見すぎでしょー!!」
酒が少し回ってきたのか、友人の彼女が大きな声でそう言った。
ー違うんだ、顔が凄すぎて見れないんだー
そう言いたかったのだが、真正面に猫美が座っているので、さすがにそう否定することは出来なかった。
「見てないよ、別に」
そう言って、否定した僕を、猫美はどこか優し気な目で見つめていた。
猫美の視線には、明らかに好意が含まれているのを感じた。
ーヤれますよ、ザーボンさんー
股関節の辺りの筋肉がビキビキと動き、もう一人の僕がゆっくりと起き上がって、小さな声でそう囁いた。
ーだめだー
僅かに残っていた理性が僕を諭すようにそう言った。
「じゃあ、そろそろ出ようか」
気がつくとずいぶんと時間が経過していたので、僕たちは居酒屋を出ることにした。
「じゃあ、俺たちちょっと二人で行くところあるから」
居酒屋を出たあと、友人がそう言った。
「かぶまくら君、猫美のこと、ちゃんと送ってあげてね」
「え、ちょっと待てよ」
「じゃ!」
そう言って、友人と友人の彼女がその場を立ち去ったあと、僕と猫美はエアーポケットに落とされたみたいな感じで、ポツンと二人取り残された。
「...帰ろうか」
僕がそう言うと、猫美は黙ってコクンと頷き、ゆっくりと歩き出した。
「あの、さ...今日、楽しかった?」
猫美がそう聞いてきたので、僕は「ああ」と答えて彼女のことを見た。
心なしか、さっき居酒屋で見た時よりも、猫美のことがかわいらしく見えた。
「もう...帰るの?」
猫美がそう言ったので、僕は無言で猫美の手を取り、ゆっくりと歩き出した。
猫美は、何も言わず僕の手をぎゅっと握りしめていた。
そして、僕たちは、あの日...。
「ねえ~、おじいちゃ~ん、起きてよ~、おじいちゃ~ん」
孫の声でハッと目を覚ます。
そうか、ワシはまた夢を見ていたのか...。
「ねえ、おじいちゃ~ん、話の続き聞かせてよ~」
ごめんよ、もう、ワシには、おじいちゃんには、話をしてあげる力も残っていないようだ。
本当は、子供にも伝えていなかったこの話を、お前に伝えてあげないといけなかったのにね...。
ごめんよ、新しい命よ...。
「おじいちゃん!?ねえ、どうしたの、おじいちゃん??」
瞼が重い。どうやら、もうワシも眠りにつかないといけない時間のようだ。
二度と目が覚めることのない、永遠の眠りに...。
あとは、あとは頼んだぞ、ワシのDNAを引継ぎし者よ。
「ねえ、寝ちゃだめだよ、おじいちゃん」
そして、ありがとう...猫美。
あの日、君とああなっていなければ、この新しい命は存在すらしていませんでした。
ー今、逢いに行きますー
ーばあさんー
ー完ー
株で夢をかなえよう
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