「あの、かぶまくらさん、お客様が今すぐ電話を替われって言っています」
部下のA子が、震える声で受話器を置き、おいらにそう言った。
やれやれ、苦情か。
「いったん電話を切って、掛けなおすと言いなさい」
「すいません、電話を切ってくれないんです」
こちらから掛けなおすと言っているのに、相手のお客様は電話を切りたがらないらしい。
...。
どうやら、ハードクレームのようだ。
企業で働いていると、やはりどこでもお客様からの苦情はある。その内容も怒りの度合も千差万別だが、こちらから掛けなおすと言っている電話を切らない場合、そのクレームの種類は下記の2つに分かれる場合が多い。
①お客様がメチャクチャ怒っている。
②お客様がメチャクチャ暇な変態。
どちらにしても、厄介なことに変わりはない。
「わかった、電話を回して」
「はい」
A子から回ってきた電話を取り、丁寧に挨拶をする。
「お電話を代りました、上司のかぶまくらと申します」
「...」
「もしもし?」
「...」
嫌な予感がした。電話に出た瞬間無言の人間は、大体の場合ややこしい奴の場合が多い。
「お客様?」
「ねえ、バカにしてるのおたく?」
うわあ、だるうううううううううううううううううううう!!!
どうやらこのお客様は、速攻でいちゃもんつけてくるタイプの人間らしい。マジで面倒くせえな。
そう思った瞬間だった。
「おい、聞いてんのかよおおおおおおおおおお!!!」
受話器が割れそうなくらいでかい声で、お客様が叫んだ。
👩 👩 👩
このお客様は40代の男性で、よくよく話を聞くと、A子の話し方がとても失礼だとか、当社の商品が気に食わないとか、まあ色々言う。
しかも、話が長いしくどい。
「ねえ、おたくちゃんと聞いてるの?」
ねちっこい声でそう言われると、沸点の低いおいらは段々とブチ切れそうになってくる。
「お前、話長いんじゃ!!ぶっ殺すぞ!!」
そう言いたいのを、必死で我慢する。これも仕事だから仕方がない。ちなみに、こういう時は最初はひたすら共感するに限る。
「そうでございますね」
「おっしゃる通りでございます」
一体何がおっしゃる通りなのか、言っているおいらもよく分からないのだが、とにかくこう言って共感していると徐々に相手がトーンダウンしてくる場合が多い。
しかし、今回のお客様はしつこい。
まあネチネチと、小一時間ほども電話を切らない。ということは、②のメチャクチャ暇な変態である可能性が高い。
「申し訳ありません、他のお客様とのお約束がございますので、明日、再度お電話させていただいてもよろしいでしょうか?」
本当に約束があったので、そういうと、
「待てよ、じゃあ別の奴に代れ、もっと上の奴をだせ」
「申し訳ありません、私が責任者なので、また明日わたくしからお電話差し上げます」
そう言って、こちらから電話を切った。
※上司を出せと言われた場合は、出来るだけ「いません」とか「私が対応責任者です」とか言って適当に流しましょう。素直に上司に電話を回すと、確実にあなたの評価はガタ落ちします。
...。
また電話してくるかな?
そう思って待っていたが、なぜか電話がかかってこなかったので、その日はそのまま別のお客様とのアポへと向かった。
🐦 🐦 🐦
翌日から、おいらとお客様は毎日1時間以上もの間、電話で語り合った。
いや、語り合ったというよりも、一方的にお客様が怒りを述べ、そして最後はおいらが「別のお客様との約束がある」と言って電話を切る。
そんなことを4日ほど続けたあと、
「お客様、お電話ではもうアレですから、一度ご自宅に謝罪もかねてお伺いさせていただけないでしょうか?」
そう提案してみた。
いや、それ以前にも「自宅に行きましょうか?」と提案はしてみたのだが、なぜか「それはいい」と断られていた。
そうすると、
「おい、アレってなんだ!!何抽象的なこといってるんだ!!」
とか抜かしてきたので、ついにおいらの怒りのリミッターが臨界点突破してしまった。
「あのね、もうこれ以上電話での対応は出来ませんので、一度お伺いさせていただきたいんですよ。それがご都合悪いということでしたら、電話でのご対応は終わりにさせてもらいますね」
少し強めにそう言うと、少しの間お客様は黙っていたが、しばらくしてこう答えた。
「いつ来るんだよ...」
地の底から響いてくるような、低いうめきのような声だった。
さて、ここでクレーム対応のワンポイントアドバイスだが、あんまりにもしつこいクレーマーと会話するときは、どこかの段階で少し強めにこちらの意見や要望を言う必要がある。
なぜなら、あっちは客だから何やってもいいという頭があるので、ずっと話を聞き続けていると延々と結論が出ず、最後は「じゃあ、上司に代われ!」や「本社に電話するからな!」という事態に発展してしまう場合が多い。
もちろん、大体のお客様の場合は丁寧に話を聞いて、きちんと謝罪すれば収まるのだが、中には本物の変態クレーマーもいるので、そういう場合はこちらが出来ることと、出来ないことをあちらに分かっていただく必要がある。
そこで、強めのトーンではっきりと通知をすることで、「あれ、こいつきちんと意見を言ってきやがる。サンドバックじゃないんだ」、とお客様に認知させることが出来る。
そうすれば、相手もこちらの話に耳に傾ける場合が多いので、結果的にどこかで結論が出る場合が多い。
よくクレーム対応のマニュアルで語られる、「ひたすらお客様のお話を聞きましょう」というのは、おいら的には半分正解で半分間違いだ。
それは本当に普通のお客様に対しては有効だが、ハードクレーマーには通用しない。
特に、おいらが今回対応したタイプのお客様(変態)には、そんなマニュアルは一切通用しない。だから、こちらから仕掛ける必要がある。
何を仕掛ける必要があるかというと、解決に沿ったシナリオに相手を乗せるために、こちらから何らかのアクションを仕掛けるということだ。
「会いに来い!!」
と言われてから行くのと、こちらから能動的に「会いに行きましょうか」と提案するのでは、相手に与える印象が全く違う。
クレーム対応は、たまにしか無い業務だが、発生した時は非常に気分の悪いダルい仕事だ。しかし、だからこそ迅速に解決するために頭をフル回転させる必要があるのだ。
🐦 🐦 🐦
ー次の日ー
「かぶまくらさん、本当にすいません」
クレーマーのお客様のお宅に行こうとオフィスを出ようとしたとき、A子が潤んだ目でそう言った。
どうやら、真面目な子なので、おいらにクレーマーの対応をさせていることを申し訳なく思ったらしい。
「いいよ気にしなくて」
「本当にすいません」
!?
こいつ、また核爆弾級の胸を強調するような服を着て...けしからん奴だ。
ちゃんと反省しているのか?こんな、こんなだらしない恰好をして!!
そうは思ったが、悪い気はしなかった。それどころか、まるで自分が王妃の為に戦う勇者のよに思え、気分が高揚してきた。
オフィスを出て、車をぶっ飛ばしているとき、おいらの高揚感はMAXに達していた。
ー彼女は、彼女はこの俺がきっと守ってみせるー
車内では、エアロスミスの「I don’t want to miss a thing」が、カーステレオから流れていた。
名作映画・アルマゲドンの主題歌だ。
そう、おいらはアルマゲドンのブルースウィルスが地球を隕石の衝突から守ったように、A子を絶対にあのクレーマーから守ってみせる。
ー大丈夫、大丈夫なんだよA子、何も心配しなくていいー
おいらは、心の中でそうA子に呼びかけた。
🚪
ーその頃、オフィスの休憩室ではー
「ねえ、A子、かぶまくらに怒られなかった?あのクレーム大変なことになってるんでしょ?」
「ぜーんぜん、だってあいつ、私のこと好きなんだもん」
「え、あのオッサン、あんたのこと狙ってんの??」
「うん、いっつもイヤらしい目でこっちを見てくるから、マジできもいの!」
「うわ、きも!!そういえばあいつ、もうオッサンなのに香水付けて頑張ったりしてホント痛いよね」
「きもいよね~、でもこういう時には便利だからね。ま、それくらいしか利用価値はないけど」
「あっは、あんた悪いわね」
「来週、有給取ろうっと♪」
🚪
ー死ねる!!俺はA子のためならいつだって死ねる!!ー
果てしの無い高揚感が私の体を包み込み、体の芯からとめどもない熱のようなものがあふれ出てくる。
今から行く場所が、とても危険な場所なのは分かっている。
だけど、愛する誰かの為にこの命を燃やせるのであれば、少しも怖いとは思わない。
私は、彼女を守る一陣の風となり、そして吹き去った後も永遠に彼女を守り続けるのだ。
愛する誰かのために生きる。
それは、人にだけ許された美しい喜びだということを、私はこのとき初めて理解した。
→To be continued...
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