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配当金で過ごす投資家の夏・深田恭子似と白猫と緑色を求めて旅に出る‐VOL1

緑色の草たちが風に揺られて波打ち、扇状の波紋のように広がっていく。

その様子を新幹線の車窓から眺めながら、僕は深くため息をつく。

「めんどくせえな...」

本当なら、車窓から風と草が作り出す緑色の波を見つめながら缶ビールでも飲み、あの草の間にいる緑色の細長い虫のことや、休暇に行ってみたい旅行先のこと、それからこれまで歩いてきた人生のことを考えたいのだが、今それをすることは出来ない。

なぜなら、僕は今ジーパンにTシャツではなく、ガチガチのスーツにネクタイをきつく締め、顧客のところに謝りに行くために新幹線に乗っているからだ。

新幹線の中は夏の終わりの休日を楽しむために出かけるカップルや家族連ればかりで、スーツを着ている自分がひどく場違いに思えた。

部下の不手際で取引先の担当者が怒り狂ってしまい、ずいぶんと遠く離れた街にまで謝罪に行かなくてはならない羽目になってしまった自分は、車内の楽し気な雰囲気にどうしても馴染めない。

せめてビールくらいは飲みたいのだが、アルコール臭を漂わせながら謝罪をするわけにもいかないので、ぬるくなったミネラルウォーターを飲んで深くため息をつく。

一体、自分はいつまでこんな仕事を続けていくのか?

そんな疑問を、いつか訪れる退職の日まで胸の中に抱き続きながら働くのか?

そして、その時に初めて自分が間違っていたことを悟り、もう巻き戻すことの出来ない自分の人生を悔やみ続けるのだろうか?

僕は、いつもそんな感じの疑問を抱きながら生きている。

「いいですよ、もうおたくのところは取引しませんから」

取引先の担当者がねっとりとした口調でそう言うたびに、深く頭を下げて謝罪をする。

「申し訳ありません」

恐らく、相手も長く続くサラリーマン生活でストレスを溜めているのだろう、多分、取引をやめるつもりはないのだが、何度も「取引をやめる」というワードを連発して僕に謝罪を求める。

そのたびに、僕はリズミカルに頭を下げ、「申し訳ありません」を繰り返す。

別に自分が悪いわけではないのだが、まあ、これも仕事なので仕方がない。

相手の気分が落ち着いてきた頃合いを見て、今後同様のケースを防止するための対策を説明し、何とか取引を続けていただくようにお願いをする。

「本当に大丈夫なんですか?」

未来のことは誰にもわからないので、「本当に大丈夫か」なんて僕に分かるはずはないのだが、「大丈夫です」と力強く言っている自分に違和感を覚える。

そんなやり取りを繰り返しているうちに、相手の担当者も何とか納得してくれて、ようやく不愉快な仕事が完了した。

「本当に申し訳ありませんでした」

最後に相手の目を見てそう言ったあと、深く頭を下げる。

「まあ、よろしくお願いしますよ。遠くまで来てもらってすいませんでしたね」

その言葉が、聞きたかったのだ。

「お前、休みとっていいぞ」

取引先への謝罪が無事に終わったことを電話で報告すると、上司がそう言った。

今年は夏の間も働きっぱなしだったので、盆休みもロクに取っていなかったことを思い出した。

「じゃあ、明日から2日間お休みをいただいてもいいですか?」

「ああ、ゆっくりしてくれ」

電話を切ると目を閉じて、新幹線の車窓から見た緑色の草の波を思い出す。

肩の荷が下りたからか、さっきは上手くイメージすることが出来なかったが、今度は草の間で薄緑色の羽を羽ばたかせながら飛んでいる細長い虫の姿を、リアルにイメージすることが出来た。

風になびく草がトランポリンとなり、細長いその虫が草に弾かれながらスローモーションで飛んでいる姿が目の前に広がる。

「少しゆっくりするか」

せっかく遠くの知らない街に来たので、僕はこの街で久しぶりの休暇を過ごすことに決めた。

スマートフォンで調べたビジネスホテルに荷物を置き、どこかで食事をするために外に出る。

よく考えると朝から何にも食べていない。

ただ、ラーメンや定食を食べたいとは思わなかった。とりあえず酒が飲みたかったので、早い時刻から店を開けている居酒屋を探すことにした。

時刻はまだ夕刻になったばかりで、光の強い夏の太陽が街をうんざりするほどに熱していて、ひどく喉が渇いていた。

初めて来たこの街は、僕が住んでいる街とは趣が違っていて、都会ではあるのだが東京のような喧噪は聞こえてこず、街を歩いている人々もどこかゆったりとしているように感じた。

しばらく歩いていると、大きなアーケード街を見つけたので、太陽の光を避けるためにそこに入って店を探すことにした。

アーケード街の中は天井が光を遮っている分外よりかはまだ暑さがマシだったが、ムッとした熱気がこもっていて、まるで温水プールの中を歩いているような息苦しさを感じた。

しばらく歩いても適当な店が見つからないので、アーケード横の脇道を歩いて散策していると、店を開けている一軒の居酒屋を発見した。

その区画には、長屋のアパートみたいな建物が並んでいて、飲食店がいくつも軒を並べていた。

恐らく、夜には多くの客がこの辺りに酒を飲みに来るのだろう、昨晩の嘔吐物や店の軒先に並べられている焼酎の瓶の底に残っている液体、それから多分この区画で暮らしているであろう野良猫たちの匂いが混じり合い、それらの匂いが熱に蒸されて東南アジアの路地裏のような匂いを発していた。

「いらっしゃい」

居酒屋の中に入ると70歳くらいと思われる白髪の店主がカウンターの向こうに立っていて、僕の他に客はまだいなかった。

とりあえず、いつものように瓶ビールを頼み、ホヤの刺身を注文した。

瓶ビールを小さなコップに注ぎ、ゆっくりと飲み干す。

店内はあまりクーラーが効いておらず、淡い炭酸を感じながら喉に流し込んだビールがすぐに汗となって額に浮いた。

店の軒先にぶら下げられた風鈴が、チリンチリン、と音を立てるのを聞きながら、店主がホヤを包丁でさばく様子をぼんやりと見つめる。かなり年老いているはずだが、包丁を使う手つきが鮮やかで、柔らかい殻を外されたホヤがオレンジ色の鮮やかな刺身へと変化していく。

「はい、どうぞ」

出された皿に盛られたホヤの刺身を箸でつかみ、山葵をつけて口に含むと、舌が痺れる感覚とホヤから滲み出る生々しい海の香りが口の中に広がった。

「仕事でいらっしゃったんですか?」

しわがれた声で店主が話しかけてきた。

「ええ」

「お客さんは、ちょっと喋り方がこっちの人じゃないですね。この街は初めてですか?」

「初めてですね」

そう、僕は初めてこの街にきて、初めて入る居酒屋で、初めて会った人間と話をしながら瓶ビールをコップに注いでいる。

しかもくたびれたスーツ姿で。

まさか自分が、こんなにくたびれたスーツ姿で、知らない街で、風鈴の音を聞きながら、コップに注いだビールを飲むことになるなんて、生まれた時には想像さえ出来なかった。

一体、自分はいつまでこんな仕事を続けていくのか?

そんな疑問を、いつか訪れる退職の日まで抱き続きながら働くのか?

そして、その時に初めて自分が間違っていたことを悟り、もう巻き戻すことの出来ない自分の人生を悔やみ続けるのだろうか?

また、いつもの疑問が頭の中をかすめる。

「そんなことを今考えてもどうしようもないだろう?」

そう、どうしようもないんだ。

そう自分に言い聞かせてから、コップに注いだビールを一気に飲み干した。

居酒屋を出ると、すでに外は暗くなっていて、空の向こうの深い黒紫色の雲の間に真っ赤な夕日が沈んでいく寸前の時刻になっていた。

すでに周りの店も商売を始めていて、夕刻にこの区画に漂っていた東南アジアの路地裏のような匂いは消えていた。

アーケード街に戻ろうと路地裏を歩いていると、一匹の白い猫を見つけた。

すでに辺りは暗いが、猫の毛が白くてぼんやりと空間に浮かび上がっているようだったので、すぐに発見することが出来た。

そばに寄っても逃げないので、かがんで喉の辺りを人差し指で撫でてみた。

ゴロゴロと鳴く心地のいい猫の振動が伝わってきて、なぜかホッとした。

白猫の目は鮮やかなスカイブルーで、その両目が、僕をじっと見つめていた。

しばらくすると、猫は撫でられるに飽きたのか、すっと立ち上がって歩き出した。

「じゃあな」

そう言って別れを告げようとすると、白猫がこっちを振り返って「ニャア」と鳴いた。親しみのある、高い音韻だった。

白猫は、しばらく歩いていくと、またこちらを振り返って同じように「ニャア」と鳴いた。

「...?」

何となく気になり、白猫の方へと歩いていくと、猫の歩くスピードが上がり、またこちらを振り返って同じように鳴く。

そのまま、僕は暗闇に浮かび上がる白猫に引き寄せられるようにして、後についていった。

白猫は狭い迷路のような路地裏の道を歩き続けていく。

「ずいぶんと歩くな」

自分が一体どのように歩いてきたのかすら分からないほど、路地裏の道は複雑で、白猫はその道を通り慣れた足取りでどんどん進んでいく。

「どこに行くんだ?」

僕がそう話しかけると、白猫は歩くのをやめてこっちを振り返った。

気が付くと、僕は真っ赤な鳥居の小さな神社の前に立っていた。

「ここに来たかったのか?」

闇の中に立つ赤い鳥居が、何となく不気味だった。

白猫は、また「ニャア」と鳴くと、鳥居の中へと消えていった。

さすがに夕暮れ時に知らない神社の中に入るのは何となく気味が悪く、もうホテルの辺りに帰ろうかとおもったのだが、何故か白猫のことが気になる。

赤い鳥居の向こうで、黒い闇にぼんやりと浮かび上がる白猫が、こちらをじっと見つめているような気がする。

僕は、意を決して鳥居をくぐることにした。

そして、そこで僕は彼女と出会った。

to be contenued…

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