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尋常じゃない株高を見つめてから、鬼平犯科帳をめくる

今日、久しぶりに緋鯉を見た。

緋鯉というのは、文字通りオレンジ色の鯉のことで、元々は野生の鯉が交配することで生まれたアルビノのような品種の鯉のことだ。

買い物の帰り道、狭い溝に満ちた水の中に泳ぐ緋鯉を見かけた。オレンジ色の膜のような鱗を全身にまとい、ゆるゆると水の中を泳ぐその姿を見て、久しぶりに鬼平犯科帳を読もうと思った。

鬼平犯科帳とは、日本を代表する時代小説であり、作家・池波正太郎の代表作のことだ。

テレビ化や映画化もされている有名な作品だが、やはりこの作品は原作である小説が一番素晴らしい。

季節の移ろいや、江戸の町の雰囲気、そして何よりも人同士の心の繋がりが、簡潔で読みやすい文章の中に散りばめられている。

その読みやすさ、ストーリーの秀逸性、物語の臨場感、そしてキャラクターの多様さ、どれをとっても日本における最高域の小説だと言っていいと思う。

村上春樹などの現代作家や、芥川龍之介や三島由紀夫等の文豪などの作品と比べても、そのクオリティは明らかに抜きん出いている。

難しいことを分かりにくい独特の表現で書くのではなく、小学生でもわかるような言葉で人間の本質を表現するようなストーリーを語る技術は、本当に素晴らしいの一言につきる。

僕は、中学生のころに始めて読んで以来、池波正太郎の大ファンだ。

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鬼平犯科帳は、江戸幕府の役所である火付盗賊改方の長官、長谷川平蔵の活躍を描いた作品だ。

火付盗賊改方とは、文字通り盗賊や放火犯などの凶悪犯罪を取り締まる組織で、町奉行所では対処しきれないような犯罪を主に担当していた。

そのため、凶悪犯と遭遇した時は、抵抗するようであればその場で斬り捨てたりもする等、かなり手荒い事件処理も許されていた。

現代の日本では中々考えられないことだが、アメリカなど銃の携帯が許容されている国や、その他治安があまりよろしくない国では、今でも警官が抵抗する犯人を即射殺する場合があるが、それはそうしないと彼らの命が危ないからだ。

その当時、世界最大規模の人口を誇る大都市であった江戸は、他の国の大都市と比べるとそこまで治安も悪くはなく、町奉行所の役人が捕らえた犯罪者も大体の場合は、現在の刑事裁判のような手続きを経て罪が確定していた。

そう考えると、面倒な司法手続きを通さず、抵抗する凶悪犯を斬り捨てるといった手荒い事件処理を許されていた火付盗賊改め方という組織は、それに比例する危険な役割を担っていたということになる。

幼いころ義母に疎まれ、一時は無頼(現代でいう不良)の道に走った長谷川平蔵が、そんな火付盗賊改め方の長官として、盗賊と対峙するというのがストーリーの主軸なのだが、その中で平蔵の過去と紐づいた様々な出来事が起こっていく。

そんな感じの小説なのだが、その特徴は何度読んでも飽きないということだ。

同じ物語なのにもかかわらず、なぜか飽きない。それどころか、その時々の感性によって、何度も読んだはずのストーリーが新鮮に感じてしまうことさえある。

そんな作品を書けるのは、僕が知る限りでは、藤沢修平と池波正太郎だけだ。もう一人の僕が好きな作家である、山本周五郎の作品でさえ、中々二度目を読もうと思うことは無い。

他の時代小説作家や、文豪、トルストイ、現代作家などの作品も相当読んだが、藤沢修平と池波正太郎より面白い作品を書く作家を見つけることは出来なかった。

現代作家としては、最高レベルの時代小説の書き手である和田竜の小説なんかも読んだが、やはりダメだった。

僕の心は、あの二人の作家が書くのと同じレベルの小説でないと満足出来なくなってしまっていたのだ。

他の小説は、頑張って読もうとしても、10ページくらいで読むのをやめてしまうことも結構ある。

しかし、この二人は遠の昔に故人となってしまっているので、すべての作品を読破してしまえば、あとは読み返し続けるしかない。

したがって、学生時代にこの二人の作品はすべて読みつくしてしまったので、今となっては同じ作品を繰り返し読むしかない。

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緋鯉を見かける数十分前。

買い物を終え、休憩するために入ったスターバックスで、僕はスマホをいじりながら、日経平均やNYダウが上げ続けているというニュースをずっと見ていた。

自分の持ち株が上がっていないか、今日一番上げている株は何なのか、そんなことばかりを考えていた。

IBMの株価が150ドルに達したことや、ガソリン価格が上昇したのでエクソンモービルの株価がさらに上昇しそうな予感に少し喜びを覚えていた。

そして、家に帰って鬼平犯科帳を久しぶりに本棚から引っ張り出し、ペラペラとめくってみた。

指に感じる古い紙の感触が懐かしく感じた。よく考えると最近はスマホばっかりいじっているので、以前は狂ったように読み漁っていた本をめくることも随分と少なくなっている。

目を少しつむってみると、さっき溝でゆっくりと泳いでいた鮮やかな朱色の緋鯉が浮かんできた。

緋鯉は、どこへ行くということもなく、緩い流れの中でゆっくりと泳いでいる。

その姿は、スターバックスでスマホの画面を見つめ、必死になって株価や経済ニュースを検索していた自分とは正反対に見える。

少しの間、瞼の裏側に映し出された緋鯉の姿を見つめてから、目を開けて鬼平犯科帳のストーリーに目を通す。

そして、あっという間に一つの話を読み終わる。

もう何度も読んでいるので、結末は分かっているはずなのだが、やはり面白かった。

読んだのは、第4巻の「霧の七郎」という話だ。

その後もパラパラと読み続け、あっという間に一冊を読み終えてしまった。

久しぶりに読んでみて思ったのだが、江戸時代の社会というのは、様々な意味で現代よりもずっと貧富の差が激しい社会だったのかもしれない。

どういうことかというと、庶民の生活水準や所得の平均値と、一部の商人や特権階級の人間たちの水準の差が、今よりもずっと大きかったということだ。

そして、その生活水準や所得の差は、個人の努力では中々埋めることが困難なものだったのではないかと思った。

現代社会であれば、ある程度の所得があれば、富裕層と生活水準の差をそこまで感じることはないだろう。

富裕層に位置する人間が、毎日見ているテレビやスマホを、富裕層でない人も毎日見ているし、富裕層がたまに行く高級料理店だって、ある程度節約して金をためれば、誰だって行ける場合がほとんどだ。

銀座の有名な寿司屋だって、高校生が一月アルバイトして金を貯めれば行けるくらいの価格設定の場合がほとんどだ。

しかし、江戸時代の社会では、富裕層は自分の屋敷の巨大な檜風呂で汗を流すことが出来たが、庶民は家に風呂さえなく、皆せっせと銭湯に通っていた。また、町を流して物を売り歩いていた棒手振りが、富裕層が出入りする料亭に出入りすることはほとんど不可能だった。

おそらく、そのころ棒手振りが富裕層が出入りしている高級料亭に行ってしまえば、その月の収入どころではない額の金が吹っ飛んでしまっていただろう。

要するに、富裕層が日常的に享受しているレベルの体験を、庶民が経験するチャンスというのは、金銭的な面から現代よりもかなり限られていたのだ。

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資産の保有という点からも、江戸の社会と現代社会では随分と差がある。

江戸時代の庶民が、不動産や株式のような権利証といった資産を保有するチャンスというのは、現代社会と比べると相当に制限されていた。

ネットが発達した現代社会であれば、ネット証券に加入すれば誰だってすぐに株式を購入することが出来る。

また、少しハードルの高い投資用不動産だって、会社員であれば銀行が金を貸してくれるので、その気になれば誰だって買えてしまう。

そして、運がよければそれらの資産価値が向上し、誰だって富裕層になれる可能性があるのが現代社会の特徴だ。

しかし、江戸時代の庶民な不動産を気軽に購入したり、様々な利権を売り買いすることは、ほぼ不可能だったと言っていい。

不動産や種々の利権を手にするには、様々な手続きや人脈、それから多額の費用が必要だったからだ。

今のようにネット証券で数百円支払って、コカ・コーラやアップルの株式が買えるような時代ではなかったのだ。

久しぶりに読んだ鬼平犯科帳の「霧の七郎」に、上杉馬四朗という浪人剣客が出てくるのだが、彼には住む場所も金も無く、あるのは凄まじい剣の腕前だけだ。そのため、江戸時代では彼がどれだけ努力しても、通常の方法で資産を保有するということは、ほぼ不可能だと言っていい。

しかし、これがもしも現代社会であれば、彼が本気になれば、資産を保有するチャンスはある。派遣会社に登録して金を稼ぎ、生活を徐々に作っていき、そして貯めた金で株式を購入するというということは、忍耐と根気さえあれば不可能ではないからだ。

※おそらく上杉先生が実在していれば、絶対にそんなことはしないと思うが。

そう考えると、やはり江戸時代は富裕層と庶民の間の差が、現代社会よりも様々な面で相当大きかったのだと思う。

しかし、一体なぜ現代社会では誰でも金持ちになれるチャンスがあるのに、江戸時代ではそのチャンスが大きく制限されていたのだろうか?

流通している物資の量?

社会制度の違い?

それとも身分制度による制限?

様々な可能性について考えてみたが、そのどれもが影響していたようにも感じる。

しかし、一番の違いはこれではないだろうかというものに思い当たった。

それが、マネーサプライの差だ。

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マネーサプライとは、平たく言えば、社会に流通している現金の量のことを指す。

10年前のリーマンショック以降、日本では異次元の金融緩和が続き、その結果マネーサプライが増大し続けた。

要するに、市場に現金が大量供給されたわけだ。

市場に現金が大量に共有されるとどういうことが起こるかというと、単純に考えればその現金を手にする人が現れる。そして、その人が現金を使うと、その現金が誰かの賃金になったり、企業の収益になったりするので、結果として経済が活性化していく。

そのため、景気を回復させるのは、マネーサプライの増大は有効な手法の一つだと言われている。

ところで、現代社会というのは、江戸時代と比べて圧倒的に現金が市中にあふれ返っている社会だと言っていいのをご存知だろうか。

その理由は、江戸時代の貨幣というのは、基本的に金を使った小判や銀を使った一分銀など、金属をその材料としていた。

そのため、作れる総数に限界があったのだ。

江戸時代には貨幣改鋳という制度があり、貨幣に含まれる金や銀などの希少金属の含有量を減らして貨幣の総数を増やすというようなことが行われていた。

そうすればある程度は貨幣の総数を増やすことが出来るのだが、それでも、現物である金属を使用しているので、やはり限界はあっただろう。

それに、含有する希少金属の量が減ってしまえば、著しくその価値が下がってしまい、その結果インフレが発生してしまう可能性だってある

金を10g含んだ小判と、金を5gしか含んで無い小判であれば、前者の小判のほうが価値があり、以前は前者の小判1枚で買えていたものが、後者の小判では2枚出さないと買えないという事態が発生してしまうからだ。

しかし、これが現代の日本だと、紙幣の印刷機を回すだけで無限に金が作れてしまう。しかも、紙は何枚刷っても現物としての価値は何も変わらないので、いくらでも刷りまくれる。

そのため、現代の日本社会では、江戸時代では考えられなかったほどマネーサプライが増大している。

その結果、市中に出回っている紙幣を手にする人の数が、江戸時代に貨幣を手にする人の総数よりも圧倒的に増えているのだ。

ということは、江戸社会よりも現代社会のほうが、皆が金を手にするチャンスが頻繁に訪れる非常に素晴らしい世の中だということになる。

事実、僕はその通りだと思う。

さらに、僕が思うにマネーサプライの増大に、インターネットという情報革命が乗じられたことにより、さらに人々が金を手にするチャンスは増大している。

江戸時代に棒手振りの商人が得られる情報には限りがあったため、よほどの才覚が無い限り、それらの人々が新しいビジネスチャンスや資産を手に入れる方法を知ることは難しかっただろう。

しかし、今では小学生だってスマホでインターネットに接続し、様々な情報を世界中から仕入れることが出来る。

そして、方法を知ることが出来れば、あとはそれを実践すればいいだけなので、金持ちになる方法をネット経由で仕入れてきた人は金持ちになれる可能性が広がっていく。

また、金さえあればネットを通じて無限に資産を保有することが出来る。

それも、一切の煩雑な手続きを省略して。

ただ、いくらインターネットが発達していても、市場に出回っている現金量に限りがあれば、それを手にする機会は中々訪れないし、手に出来る平均値も限られてくる。

したがって、やはりマネーサプライの増大が、江戸社会では考えられなかったほど、庶民に富裕層への門を広く開放している要因となっているのではないだろうか。

久しぶりに鬼平犯科帳を読んで、そんなことを考えた。

ちなみに、池波正太郎先生は、10代前半で株取引きを始めていた元祖株式トレーダーのような存在だったということも付け加えておく。

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